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数値範囲の自明性に関する連邦巡回控訴裁判所(CAFC)判決(E.I. DUPONT DE NEMOURS & CO. v. SYNVINA C.V. (Federal Circuit, September 17, 2018))及び特許審判部(PTAB)におけるクレーム解釈に関する基準の改定
2018年9月17日付で、連邦巡回控訴裁判所(以下CAFC)により、数値範囲の自明性に関する判決が出されました。
本判決においてCAFCは、クレーム記載の数値範囲に関する自明性を検討するための基準について論じると共に、先行技術に開示の数値範囲とクレーム記載の数値範囲とが重複する際には自明性が推定されるが、本事案において特許権者は当該推定を覆すことができなかったとして特許を無効としました。
また2018年10月11日に、USPTOは、特許審判部(PTAB)での手続におけるクレームの解釈基準を改定する規則を公表しました(Federal Register/Vol. 83, No. 197, 51340-51359)。
この改定された基準は、2018年11月13日以降に申請された当事者系レビュー手続(IPR)、付与後レビュー手続(PGR)、および対象ビジネス方法特許暫定的手続(CBM)に適用されます。
E.I. DUPONT DE NEMOURS & CO. v. SYNVINA C.V事件
<背景>
Synvina C.V. (以下Synvina)は、米国特許第8,865,921号(以下「921特許」)を有する。921特許は、特定の反応条件下で5-ヒドロキシメチルフルフラール(以下「HMF」)を酸化してフラン-2,5-ジカルボン酸(以下「FDCA」)を生成する方法に関する。921特許のクレーム1を以下に示す。
A method for the preparation of 2,5-furan dicarboxylic acid comprising the step of contacting a feed comprising a compound selected from the group consisting of 5-hydroxymethylfurfural (“HMF”), an ester of 5-hydroxymethylfurfural, 5-methylfurfural, 5 (chloromethyl) furfural, 5-methylfuroic acid, 5-(chloromethyl)furoic acid, 2,5-dimethylfuran and a mixture of two or more of these compounds with an oxygen-containing gas, in the presence of an oxidation catalyst comprising both Co and Mn, and further a source of bromine, at a temperature between 140° C. and 200° C. at an oxygen partial pressure of 1 to 10 bar, wherein a solvent or solvent mixture comprising acetic acid or acetic acid and water mixtures is present.
E.I. DuPont De Nemours & Company (以下「デュポン」)は、当事者系レビュー(inter partes review)を申請し、921特許のクレーム1は国際公開WO01/72732(以下「732公報」)、発明者証RU-448177(以下「177公報」)、及び米国公開公報US2008/0103318(以下「318公報」)に基づいて自明であると主張した。各文献は、以下の表に示した条件下においてHMFを酸化してFDCAを生成することを開示している。
当事者系レビューにおいて審判部は特許権を維持した。これに対しデュポンはCAFCに上訴した。
<CAFC判決>
CAFCは、審理にあたりまず以下の法的基準を明確に示した。
(1)クレームに記載される一般的条件が先行技術に開示されている場合、通常の実験を行い最適範囲又は有効範囲を特定することは発明ではない。したがって、温度又は濃度を変化させることに通常は特許性が無いと考えられる。
(2)クレームに記載の数値範囲が従来技術に開示された範囲と重複する場合、自明性が取り敢えず推定される。このように範囲の重複により自明性が推定されると、特許権者はこれを覆さなければならない。
(3)特許権者は以下のようにして自明性の推定に反駁することができる。
a. 特許権者は、プロセスパラメータを変更することにより、先行技術の効果から単に程度が異なるというのではなく、種類が異なる新たな予想外の効果が得られることを示せばよい。 このような予期しない効果を示すクレーム記載の数値範囲は、「臨界」範囲(critical range)と呼ばれる。
b. 特許権者は、クレーム記載の数値範囲に到ることに対する阻害要因が先行技術に教示されていることを示せばよい。
c. 特許権者は、当業者にとってパラメータを最適化する動機が存在しない理由として、当該パラメータが所望の効果を得るにあたり影響を及ぼすもの(「効果有効変数」)であることは先行技術に教示されていないことを示せばよい。
d. 特許権者は、開示されている数値範囲が非常に広い場合、最適化作業を通常に行おうという動機付けは与えられないことを示せばよい。
e. 特許権者は、(当該発明により)長年未解決であったニーズを満たしたという事実や他人による模倣の事実等、非自明性を示す他の証拠を示せばよい。
CAFCは、上記の基準を921特許のクレーム1に適用した。CAFCは、177公報及び732公報がコバルト、マンガン、及び臭素触媒を用いてHMFをFDCAに酸化すること及び酢酸溶媒を開示しており、これらの公報の開示とクレーム1との間には温度及び圧力の範囲において差異があるに過ぎない、と結論付けた。CAFCは、先行技術に開示される温度及び圧力の範囲はクレーム1のものと実質的に重複しているので、自明性の推定に反駁をする立証責任はSynvinaの側にある、と認定した。
次にCAFCは、Synvinaが自明性の推定を覆すことに成功しているか否かを判断するにあたり、まずSynvinaが主張しているクレーム記載の温度範囲の有する臨界性について否定した。この点についてCAFCは、921特許にはHMFをFDCAに78%の収率で酸化したことを示す実験結果が開示されており。これは732公報に報告されている59%の最大収率よりも高いことを認めた。しかしながら、CAFCは、FDCA収率に影響を与える可能性のある触媒濃度や反応時間などの他の反応条件が732公報と921特許とで異なっているので、クレーム記載の温度範囲以外の他の要因により高い収率が得られている可能性を排除できない、とした。
CAFCはまた、温度と圧力とが効果有効変数ではないというSynvinaの主張を退けた。先行技術の各公報には反応のために適切かつ好ましい温度及び空気圧が明示的に開示されており、このことは温度及び圧力により反応が影響を受けることを当業者が理解していたことを示している、とCAFCは判断した。
CAFCは更に、921特許には商業規模での実験が示されていないので、921特許が長年未解決のニーズを解決したというSynvinaの主張を却下した。最後に、CAFCは、阻害要因や模倣の証拠もないと判断した。
以上に基づいて、CAFCは、921特許のクレーム1が自明であり無効であると判示した。
クレーム解釈に関する基準の改定
今回改定された規則は、連邦裁判所において適用されるのと同一の基準を用いてクレームを解釈するように、従前の最も広く合理的な解釈(BRI)基準を置き換えるものである。特に、この規則では、Phillips v。AWH Corp.、415 F.3d 1303(Fed。Cir。2005)(大法廷判決)に定められたクレーム解釈の基準を採用することを意図しており、当業者が理解する一般に用いられる通常のクレームの意味及び特許に関する審査記録に従ってクレームを解釈する。
改正規則はまた、IPR、PGR、又はCBM手続での対象となるクレーム中の用語に関して、国際貿易委員会(ITC)での手続き又は民事訴訟においてクレーム解釈の判断結果が先行して示されている場合には、当該結果を手続きにおいて適時提出することにより、当該判断が考慮されることを規定している。
具体的には、37C.F.R.の§42.100(b)、§42.200(b)、及び§42.300(b)が改定されている。ルール改定を発表した連邦公報(Federal Register)では、審判部と法廷等とで使用されるクレーム解釈基準間の相違を最小限に抑えることによって、特許付与に関しての一貫性と予測可能性とが向上し、特許制度の整合性を向上できることが説明されている。また更に、IPR、PGR、及びCBM手続を含むAIA手続における特許の86.8%が連邦裁判所における訴訟の対象となっていることを指摘し、このルール改定が司法全体の効率化につながる、と説明されている。
- 本欄の担当
- 副所長 弁理士 吉田 千秋
米国オフィスIPUSA PLLC米国特許弁護士 Herman Paris
米国特許弁護士 有馬 佑輔