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米国巡回控訴裁判所(CAFC)判決 数値範囲限定クレームに関して

 先ごろ米国巡回控訴裁判所(CAFC)は、数値範囲の限定を含むクレームをめぐって争われた特許権侵害訴訟事件について判決を下しました。その要点を以下に紹介致します。

地裁の判示

 Ineos USA LLC(以下「Ineos」)がBerry Plastics Corp(以下「Berry」)に対して、米国特許番号 6,846, 863(以下「863特許」)を侵害したとして訴えを起こしていた。863特許は、容器のキャップ等に使用される製品を形成するための、ポリエチレンに基づく組成物に係る特許である。863特許は、ボトルと共に保存されている食物の悪臭や香りに関する問題を、特定量のポリエチレン、潤滑剤、及び添加剤を加えることにより解決することを目的としていた。

 863特許のクレーム1は以下のように記載されていた:

Composition comprising at least
[1]:94.5% by weight of a polyethylene with a standard density of more than 940 kg/m3,
[2]:0.05 to 0.5% by weight of at least one saturated fatty acid amide represented by CH3(CH2)nCONH2 in which n ranges from 6 to 28,
[3]:0 to 0.15% by weight of a subsidiary lubricant selected from fatty acids, fatty acid esters, fatty acid salts, mono-unsaturated fatty acid amides, polyols containing at least 4 carbon atoms, mono- or poly-alcohol monoethers, glycerol esters, paraffins, 
[4]:polysiloxanes, fluoropolymers and mixtures thereof, and
0 to 5% by weight of one or more additives selected from antioxidants, antacids, UV stabilizers, colorants and antistatic agents

 地裁は、米国特許番号 5,948,846(以下「846公報」)に基づき、863特許は新規性がない(102条)と判示をした。

 上記クレーム1の[1]に関して:846公報は、940kg/m3以上の標準的な密度の、94.5重量パーセントのポリエチレンを開示していた。

 上記クレーム1の[2](主とする潤滑剤)に関して:846公報は、nが6‐28までの飽和脂肪酸アミドCH3(CH2)nCONH2の組成物である、ステアリン酸アミドを開示していた。また、846公報には以下の記載があった:

The composition according to the invention includes the lubricating agent in a total quantity of at least 0.1 part by weight per 100 parts by weight of polyolefin, in particular of at least 0.2 parts by weight, quantities of at least 0.4 parts by weight being the most common ones; the total quantity of lubricating agents does not exceed 5 parts by weight, more especially 2 parts by weight, maximum values of 1 part by weight per 100 parts by weight of polyolefin being recommended.

 同地裁は、846公報の潤滑剤(ステアリン酸アミド)に関する数値範囲であって、0.1-5重量部、100重量部のポリオレフィンに対して少なくとも0.1重量部、少なくとも0.2重量部、最も一般的には0.4重量部、との数値範囲の開示は、広い数値範囲(例:0.1-5重量部)の開示と共に特定の数値(例:0.1重量部)も開示している、と判断した。地裁は、846公報のステアリン酸アミドに関する上記の数値範囲は、上記クレーム1の[2]の限定を満たしている、との見解を示した。

 上記クレーム1の[3]及び[4]に関して:地裁は、[3]及び[4]の限定は数値範囲が0%から始まっているので選択的(“optional”)であるとの見解を示した。また、846公報の選択的(“optional”)な補助潤滑剤及び補助添加剤に関する開示は、上記クレーム1の[3]及び[4]の限定を満たしている、との見解を示した。

CAFCの判示

 CAFCは、クレームされた数値範囲内の特定の数値を引例が開示している場合、その数値範囲は新規性が否定される、との判例に改めて言及した。またもう一方で、CAFCは、引例がある特定の数値ではなく数値範囲を開示している場合であって、クレームされた範囲と引例の範囲との比較において、発明の実施可能性(”operability of the invention”)に関して合理的な相違がない場合は、引例により新規性が否定される、との判例にも言及した。
 CAFCは、846公報には“at least”や “does not exceed”の記載が、主とする潤滑剤の最低量及び最大量を提示していることから、846公報は数値範囲を開示しているのであって、特定の数値を示していない、との見解を示した(数値範囲の開示はその範囲の最小値や最大値である特定の値を開示するものではない、との判例にも言及した)。

 846公報が特定の数値を開示していないことを認定した後に、CAFCは846公報の範囲がクレームされた範囲を開示しているか否かの判断を行った。IneosはAtofina v. Great Lakes Chemical Corp., 441 F.3d 991 (Fed. Cir. 2006) (以下「Atofina判決」)に言及し、クレームされた数値範囲は発明にとって決定的に重要であり、また846公報で開示された数値範囲はクレームされた数値範囲に僅かに重なるのみである、との理由から、846公報は上記クレーム1の[2]の限定を開示していない、と反論を行った。

 Atofina判決では、クレームされた温度範囲が発明の実施可能性のために決定的に重要であり、引例に開示される範囲はクレームされた温度範囲と大幅に異なることから、地裁の新規性の判決を覆した。Atofina判決は、330‐450度の範囲でジフロロメタンを合成する方法特許であり、引例は100‐500度の範囲を開示していた。Atofina社の方法特許とその審査過程とは、クレームされた範囲が決定的に重要であることを示しており、クレームされた範囲の外ではクレームに記載されるような合成反応を実施することができない、と述べられていた。Atofina判決は、引例の範囲とクレームされた範囲とに有意な差がなく、「合理的な事実認定者が、新規性の判断において、クレームされた範囲を引例が開示していると明確に結論付けることができない」との見解を示した。

 CAFCは、Atofina判決の重要な点として、クレームされた範囲の外では合成反応の実施可能性が変化する、或いは合成反応を実施することができない、と当業者が予測することを、証拠により証明したことである、と述べている。

 CAFCは上記Atofina判決が本事件に適用できない、としながら、Ineosは、クレームされた範囲が発明の実施可能性に決定的に重要であることを証明していないため、863特許は新規性を有さない、と判示し、地裁の判決を支持した。

 CAFCは、上記判決に至る中で、863特許の明細書中で、潤滑剤はキャップの滑り性能やボトルから外す性能の向上に寄与することが示されており、従来技術のボトルキャップに関する匂いや味の問題を解消しつつ、良好な滑り性能を維持する、として、新規性の説明をしている、ことに言及している。しかしCAFCは、846公報の範囲により上記クレーム1の[2]で記載される範囲を置き換えた場合、上記の性質が変化することをIneosは立証していない、との見解を示した。

 更にCAFCは、Ineosが上記クレーム1の[2]で記載される範囲が不必要な生産コストやボトルキャップの欠陥を回避するために決定的に重要である、との証拠を提出したとしても、発明の実施可能性や機能性に関連していないため、863特許は特許性がない、と判示した。CAFCは、Ineosはコスト及び欠陥品の予防と、クレームされた発明の滑り性能或いは匂いと味の問題の解消との関連性を証明していない、との見解を示した。

本件記載の判決文は以下のサイトから入手可能です。

以上

本欄の担当
副所長 弁理士 吉田 千秋
米国オフィスIPUSA PLLC 米国特許弁護士 Herman Paris
同 米国パテントエージェント 有馬 佑輔
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