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譲渡人禁反言に関する米国最高裁判所判決 (Minerva Surgical, Inc. v. Hologic, Inc. (Supreme Court, June 29, 2021)) 及び 特許行政審判官の任命に関する米国最高裁判所判決 United States v. Arthrex, Inc. (Supreme Court, June 21, 2021)
2021年6月29日付で、米国最高裁判所(以下「最高裁」)により、譲渡人禁反言の原則(doctrine of assignor estoppel)に関する判決が出されました。本判決において、最高裁は、判例法である譲渡人禁反言の原則が適用される条件を明らかにしました。
また2021年6月21日付で、最高裁により特許行政審判官の任命の違憲性に関する判決が出されました。本判決において、最高裁は、特許行政審判官の任命の違憲性を認め、解決策としてUSPTO長官によるレビューの仕組みが必要であることを判示しました。
Minerva Surgical, Inc. v. Hologic, Inc. (Supreme Court, June 29, 2021)
<背景>
譲渡人禁反言の典型的なケースは、特許を出願・取得した発明者が、当該特許を有償で会社に譲渡したときに発生する。その後、発明者/譲渡人が競合他社に加わり、同様の製品を開発したとする。それに対して譲受人である会社が侵害訴訟を提起したとき、譲渡人は、特許が無効であると主張する場合がある。このような場合に、譲渡する特許が有効であるという譲渡人による明示又は黙示の保証を譲渡人自身が反故にする行為を禁止するために、裁判所は譲渡人禁反言の原則を作り出した。
Csaba Truckaiは1990年代後半にNovacept, Inc.を設立した。NovaceptにおいてTruckaiは、何百万人もの女性が罹患する病状である子宮の異常出血を治療する装置(NovaSureシステム)を発明した。NovaSureシステムでは、アプリケータヘッドを使用して子宮内膜の標的細胞を破壊する。灼熱感や焼灼(組織除去)を避けるために、ヘッド部は「透湿性」であり、治療中に子宮腔から液体を導き出すように構成されている。TruckerはNovaSure システムに関する複数の特許出願を行い特許権を取得した。これら複数の特許出願と特許権とは2007年にHologic, Inc.に売却された。
2008年にTruckaiはMinerva Surgical, Inc.を設立した。Minervaでは、子宮出血を治療する新たな装置(Minerva子宮内膜アブレーションシステム)を開発した。この新たな装置でも、子宮内膜の細胞を除去するためにアプリケータヘッドを使用するが、それは「非透湿性」である。即ち、新装置では、治療中に液体を除去することはない。2013年に、HologicはNovaSure システムに関する特許にクレームを追加するために継続出願を行った。この継続出願において、Hologicは、透湿性であるか否かに関係なくアプリケータヘッド全般を包含するような一つのクレームを作成した。この継続出願は2015年に特許登録された。
継続出願に基づく特許登録の直後にHologicはMinervaに対する侵害訴訟を提起した。それに対してMinervaは、上記の広い新規クレームは透湿性デバイスに関する明細書中の発明の記載と一致しないと主張し、特許が無効であるとの抗弁をした。このMinerva の無効主張に対してHologic は、譲渡人禁反言の原則を主張し、それに成功した。無効主張をすることが禁止されたMinervaに対して、陪審は、約500万ドルの損害賠償金の支払いを命じた。
上記の陪審による支払い命令は、連邦巡回控訴裁判所(以下CAFC)によって支持された。CAFCにおいてMinervaは、Truckaiが譲渡したクレームよりも実質的に広いクレームについて無効を主張したことに対して、譲渡人禁反言を適用すべきではないと主張した。しかしながらCAFCは、譲渡されたクレームをHologicが拡大したか否かは関係がないとして、Minervaの主張を退けた。
Minervaは最高裁に上訴した。最高裁においてMinervaは、譲渡人禁反言の原則は廃止されるべき、或いは制約されるべきであると主張した。
<最高裁判決>
最高裁は、譲渡人禁反言の原則を廃止すべきであるとするMinervaの主張を退け、当該原則が長年に亘り存続してきた事実を指摘するとともに、その中核にある公平性の原則を評価した。その一方で最高裁は、CAFCによる当該原則の適用があまりにも広範すぎると判断した。特に、公正な取引という基本原則が機能する場合にのみ譲渡人禁反言を適用すべきであると判示した。最高裁によれば、当該原則は特許有効性に関する表明の一貫性を要求するものであり、そこに矛盾がある場合には当該原則が防止すべき不公平が生じることになる。即ち、特許が有効であることを(明示的に又は黙示的に)譲渡人が保証する場合、譲渡人が後になって有効性を否定することは、衡平法上の取引の規範に違反する。但し最高裁は、譲渡人が無効の抗弁に抵触する明示的又は黙示的な表明をしていない場合には、その主張に不公平は生じないと判断した。従ってその場合には譲渡人禁反言を適用する根拠は存在しない。
最高裁は、譲渡人禁反言の原則が適用されない3つの状況を示した。第1の状況は、特定の特許クレームに関して発明者が有効性を保証できる可能性がある前に、例えば雇用契約等に基づいて譲渡が行われる場合である。従業者は、将来において雇用中に従業者がなした発明についての権利を使用者に譲渡することを誓約し、使用者は、それらの発明のうち何れを特許とするかを決定する。このシナリオでは、譲渡行為には特許が有効である旨の表明は含まれていないと最高裁は指摘した。何故なら発明自体がまだ存在していないからである。
第2の状況は、譲渡後に発生した法的変化により、譲渡時に与えられた保証が無意味になる場合である。最高裁が示した例として、発明者が有償で特許を譲渡したが、その後、準拠法が変更され、それまでは有効であった特許が無効となる場合がある。最高裁によれば、発明者は法律の変更に基づき特許の無効を主張することができ、これは発明者による過去の表明に矛盾しない。
第3の状況は、特許クレームの変更により譲渡人禁反言を適用する理由が消滅する場合である。このような状況は、例えば、発明者が登録済み特許ではなく特許出願を譲渡する場合に生じる可能性がある。この場合、最高裁によれば、出願の所有者となった後に譲受人は特許のクレームを拡大するためにUSPTOに対する手続を行うことができる。このような手続から得られる新たなクレームは、譲渡人が特許性のあるクレームとして意図していた範囲を超えることがある。従って、新クレームが旧クレームよりも実質的に広い場合、譲渡人は新クレームの有効性を保証していないと最高裁は判断した。
譲渡されたクレームをHologicが拡大したか否かは無関係であるとの結論においてCAFCが誤っていたため、最高裁は、Hologicの新クレームがTruckaiから譲渡されたクレームよりも実質的に広いか否かの問題を検討するよう、この事件をCAFCに差し戻した。
本件記載の判決文は以下のサイトから入手可能です。
https://www.supremecourt.gov/opinions/20pdf/20-440_9ol1.pdf
United States v. Arthrex, Inc. (Supreme Court, June 21, 2021)
<背景>
合衆国憲法の下では、行政権は大統領に与えられており、大統領は連邦法が忠実に執行されていることを確認する責任を負う。憲法に規定される「任命条項」は、大統領が指名し且つ上院で承認された主席責任者と、主席責任者による指揮監督下にある下級責任者とが、大統領による責務遂行を補佐することを定めている。
USPTOは執行機関であり、その権限と義務は大統領によって任命されるUSPTO長官に委ねられている。特許審判部(PTAB)はUSPTO内の審判機関であり、主として、合衆国商務長官によって任命された特許行政審判官で構成される。PTABは、当事者系レビュー等の手続において登録特許を無効にする権限を有する。PTABによる決定に不服がある当事者は、PTABによる再審理を請求するか、又はCAFCにおいて当該決定についての司法審査を求めることができる。このように、PTABは、特許の有効性に関して、合衆国政府行政府内における最終的決定権を実質的に有していた。
2018年にPTABは、当事者系レビューにおいて、Arthrex Inc.が有する米国特許第9,179,907号のクレームを無効とする最終決定を下した。Arthrexは、この決定を不服としてCAFCに訴えると共に、最終的に最高裁に上訴した。Arthrexは、商務長官による行政審判官の任命は違憲であり、特許を無効とする行為は不適切であると主張した。即ち、行政審判官は特許を無効にする権限があるため、大統領が任命しなければならない主席責任者とみなされるべきであると主張した。
<最高裁判決>
最高裁は、違憲性に関するArthrexの訴えを認め、訴えの提起時点におけるUSPTO内の審理決定機構は上記の憲法上の要件に違反すると判断した。そして現実的解決策として、USPTO長官が憲法の定めに従って機能するために、PTABによる最終決定をUSPTO長官が独自に審査可能であるようにする必要があると判示した。
本件記載の判決文は以下のサイトから入手可能です。
https://www.supremecourt.gov/opinions/20pdf/19-1434_ancf.pdf
<USPTOの対応>
上記最高裁判決を受け、USPTOは、PTABの最終決定に対してUSPTO長官による審査を可能にするための暫定的な手続を定めた。当該暫定的手続においては、「再審理は、長官により自発的に開始されるか、又はPTAB手続の当事者により請求される。当事者は、(1)長官による再審理請求をPTAB E2Eにて入力すること、及び(2)長官による再審理請求の通知をDirector_PTABDecision_Review@uspto.govに電子メールで提出するとともに当該電子メールにおいて全当事者の弁護士に複写することにより、当事者系レビュー又は特許付与後レビューでの最終決定書に対する再審理を長官に請求することができる。」と規定されている。
暫定手続に関する詳細は以下のリンクをご参照下さい。
- 本欄の担当
- 伊東国際特許事務所
所長 弁理士 伊東 忠重
副所長 弁理士 吉田 千秋
担当: 弊所米国オフィスIPUSA PLLC
米国特許弁護士 Herman Paris
米国特許弁護士 有馬 佑輔