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記載要件違反に関する連邦巡回控訴裁判所(CAFC)判決

JUNO THERAPEUTICS, INC., v. KITE PHARMA, INC. (Federal Circuit, August 26, 2021)及びAI発明者の可否に関する連邦地方裁判所判決(Thaler v. Hirshfeld, No. 1:20-cv-903-LMB-TCB (E.D. VA September 2, 2021))

2021年8月26日、連邦巡回控訴裁判所(以下CAFC)は、機能的表現を用いた上位概念クレームについて、当該発明の全権利範囲を発明者が保有していたことを当業者が明細書の記載から理解することはできないとして、無効であるとする判決を下しました。

また、2021年9月2日、バージニア州東部地区連邦地方裁判所は、人工知能機械は特許法上の「発明者」に該当しないとする判決を下しました。

以下に、それら判決の内容につきましてご報告申し上げます。

 

<背景>

Juno Therapeutics, Inc.(以下Juno)は、米国特許第7,446,190号(以下190特許)の特許権者である。190特許はキメラ抗原受容体(CAR)T細胞療法に関する。T細胞は、身体の免疫反応に関与する白血球である。細胞表面には受容体があり、抗原(標的細胞の表面にある構造)を認識して結合することによって、標的細胞(癌細胞など)を攻撃することができる。CAR-T細胞治療は、患者のT細胞を単離し、それらのT細胞を再プログラミングすることにより各T細胞の表面に標的とする特定の受容体(CAR)を産生させ、再プログラミングした細胞を患者に注入するものである。再プログラミングにおいては、CARを符号化するヌクレオチド配列を含む遺伝物質をT細胞に導入し、その表面にCARを産生させる。

190特許は、3個の部分からなるCARをT細胞用に符号化する核酸ポリマーを対象としている。190特許におけるCARの3番目の部分は、CARが何れの標的分子または抗原を認識し結合できるかを決定する「結合要素」である。190特許における結合要素の1つのタイプは、単鎖抗体可変領域フラグメント(scFv)である。190特許は2つのscFvのみを開示している。1つは、SJ25C1抗体に由来し、リンパ腫細胞の表面に発現するタンパク質であるCD19と結合する。もう1つは、J591抗体に由来し、前立腺癌細胞の表面に現れるタンパク質であるPSMAに結合する。

 

190特許のクレーム1を以下に示す。

  1. キメラT細胞受容体を符号化する核酸ポリマーであって、前記キメラT細胞受容体は、

(a) ヒトCD3ζ鎖の細胞内ドメインを含むゼータ鎖部分と、

(b) 共刺激シグナル伝達領域と、

(c) 選択された標的と特異的に相互作用する結合要素と、

を含み、共刺激性シグナル伝達領域はSEQ ID NO:6によって符号化されるアミノ酸配列を含む、核酸ポリマー。[1]

Kite Pharma, Inc. (以下Kite)は、抗原CD19を標的とするCARを発現して癌細胞を殺すように患者のT細胞を操作した治療法を提供する。Kiteによる治療では、CD19抗原と結合するscFvを含む3個の部分からなるCARが用いられる。

地裁において陪審員は、Kiteが190特許を侵害したと判断した。Kiteは、CAFCに控訴し、190特許のクレームは、十分な記載によってサポートけられていないため無効であると主張した。

 

<CAFC判決>

CAFCは、過去の判決例に示された基準を参考にした検討を行った。当該検討によれば、特に機能的表現を用いた上位概念クレームの場合、明細書の記載は、クレームの内容を実現する包括的発明を出願人がなしたことを証明すると共に、その証明においては、機能的に定義された上位概念クレームをサポートするに十分な下位概念を出願人が発明したことを示さなければならない。また、上位概念の権利範囲に入る十分な数の代表的下位概念により、または上位概念に属する構成要素に共通な構造的特徴により、上位概念を十分に開示することができ、その結果、当業者がその上位概念に属する構成要素を想起又は認識できるようになる。裁判所によれば、化学的上位概念を含む発明に関する記載は、化学的下位概念に関する記載と同様に、他の材料から区別するのに十分な構造、化学式、又は化学名等により、発明内容に関する正確な定義を示す必要がある。

CAFCは、更に、190特許の最も広いクレームにおいてはscFv結合要素が「選択された標的と特異的に相互作用する」ことが要求される点に留意した。190特許が説明するように、「標的は、T細胞応答を誘発することが望ましい臨床的関心のある任意の標的であり得る」。従って当該クレームは、3個の部分からなるCARを符号化する核酸ポリマーの一部として、任意の標的と結合する任意のscFvを幅広くカバーしている。裁判所はまた、190特許の明細書には、2つの異なる標的と結合する2つのscFvの例、即ちJ591からの由来物とSJ25C1からの由来物のみが開示されていることに留意した。裁判所は更に、190特許には、これら2つの下位概念のscFvについて、英数字の呼称J591およびSJ25C1以上の詳細が示されておらず、それら2つがクレームの上位概念全体をどのように代表しているのか、或いは代表していると言えるのか否かを当業者が判断することができない、と説明した。以上に基づいて裁判所は、CD19に結合する1つのscFvおよびPSMA抗原に結合する1つのscFvについての190特許中の開示情報は、クレームが要求するような無制限の数の標的に結合可能な下位概念のscFvを当業者が特定できると言えるほど十分ではないと判断した。[2]

CAFCはまた、190特許の発明者の1人が、特許出願がなされた時点で、SJ25C1由来のscFv及びJ591由来のscFvのみを使用していたと証言したことを指摘した。CAFCによれば、190特許は、特定の標的に結合可能であるscFvに共通の構造的特徴を開示していないだけでなく、結合可能なscFvのアミノ酸配列や他の特徴的特性を開示しておらず、標的に結合可能であるscFvを結合不可であるscFvから区別する方法も開示していない。裁判所は、190特許は「解決すべき問題をクレームに規定し、そのすべての解決策に対して権利を主張し、・・・、クレームの機能的表現の範囲内に入ることになる事後的に実際に発見される全ての化合物をカバーしている」と結論付けるとともに、同様のクレームについては記載要件違反を理由に無効であると以前から判示してきたと指摘した。

 

米国地方裁判所:AI機械は発明者になれない

2021年9月2日、バージニア州東部地区連邦地方裁判所は、人工知能機械は特許法上の「発明者」ではないとするUSPTOによる米国特許出願No. 16/524,350および米国特許出願No. 16/524,532の拒絶を支持する判決を下した。当該裁判所によれば、「発明者」という用語に関連して特許法に記載されている「個人(individual)」及び「自己(himself/herself)」という用語は、「発明者」が自然人であるという議会の意図を明確に示すものである。判決後、特許出願人はCAFCに控訴状を提出したため、CAFCが最終的に当該問題を判断することになると期待される。[3]

 

 本件記載の判決文(CAFC判決)は以下のサイトから入手可能です。

20-1758.OPINION.8-26-2021_1825257.pdf (uscourts.gov)

[1]190特許の従属クレーム3および9は、「結合要素」を「単一鎖抗体」(scFv)に限定する。

[2]従属クレーム3及び9

[3]Thaler v. Hirshfeld, No. 1:20-cv-903-LMB-TCB (E.D. VA September 2, 2021).

本欄の担当
伊東国際特許事務所
所長 弁理士 伊東 忠重
副所長 弁理士 吉田 千秋
担当: 弊所米国オフィスIPUSA PLLC
米国特許弁護士 Herman Paris
米国特許弁護士 有馬 佑輔
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