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欧州単一特許及び統一特許裁判所について
欧州代理人からの情報によりますと、欧州単一特許及び統一特許裁判所の正式な運用が早ければ2022年秋頃から開始されます。以下に、欧州単一特許及び統一特許裁判所について纏めておりますので、ご確認の程宜しくお願い致します。
【制度の概要】
欧州出願に基づいて発行される特許権として、1つの特許権で欧州全体(但し、後述する一部の国を除く。以下同じ)に効力を有する単一特許か、従前と同じ通常の欧州特許(選択した国に展開された国毎の特許権)か、の何れか一方を選ぶことができます。
単一特許は、統一特許裁判所の管轄となります。統一特許裁判所は、単一特許の侵害訴訟や特許取消訴訟等について、欧州全体に効力を及ぼす判決を下します。
通常の欧州特許(登録済みの既存の特許を含む)は、制度移行のための暫定期間(移行期間と呼ばれる:7年間)は、各国裁判所と統一特許裁判所との両方の管轄となり、当該期間終了後は統一特許裁判所のみの管轄となります。通常の欧州特許の侵害訴訟や特許取消訴訟等に関して統一特許裁判所が下した判決は、当該特許の全展開国に対して一括的な効力を有します。
上記移行期間が終了する前であれば、通常の欧州特許について、統一特許裁判所の管轄から離れることができます(オプトアウト)。オプトアウトした通常の欧州特許については、従前と同様に、展開国毎にその国の裁判所のみが裁判手続を行うことが可能であり、当該国においてのみ有効な判決を下します。オプトアウトした案件は、いつでも(即ち移行期間が終了した後であっても)統一特許裁判所の管轄に戻ることができます(オプトイン)。オプトアウトにより、複数の展開国において一括的に権利取消されるリスクを回避することができます。
移行期間開始と同時に統一特許裁判所による一括的権利取消のリスクが発生しますので、そのリスクを回避するために、移行期間の前に準備期間(サンライズ期間と呼ばれる:3ヶ月)が設けられています。サンライズ期間の間は、統一特許裁判所は稼働しておらず、その間に通常の欧州特許をオプトアウトすることが可能です。
以下に、上記の制度の詳細についてご説明致します。
【単一特許(Unitary Patent:UP)について】
UP: 欧州連合(EU)内で一括して効力を有する特許。ただしスペイン、クロアチア、ポーランドは除く。
参加国
注1:あくまでEU内の制度であることに注意が必要。
注2:EPOで扱う案件はEPC加盟国のものだが、EPC加盟国 ≠ EU加盟国である点に注意が必要。
(1) UPC協定(Unified Patent Court Agreement:UPCA)批准国17か国: UP効力及ぶ
オーストリア、ベルギー、ブルガリア、デンマーク、エストニア、フィンランド、フランス、ドイツ注、イタリア、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、マルタ、オランダ、ポルトガル、スロベニア、スウェーデン
注:ドイツは批准手続き中。2022年7月頃批准書寄託(効力発生)予定。
(2) UPCA署名済だが未批准国7か国: UP制度開始時はUP効力が及ばないが、いずれ効力が及ぶ予定
キプロス、チェコ、ギリシャ、ハンガリー、アイルランド、ルーマニア、スロバキア
(3) UPCA未署名国3か国:UP効力は及ばない
スペイン、ポーランド、クロアチア
※ ①現時点で未批准国7か国(上記(2))、②未署名国3か国(上記(3))、③イギリスなどのEU非加盟国 → 従来通り、指定国移行手続が必要。
※ 上記(2)の国が後日批准国になっても、UP登録時に批准国でなければ当該UPの効力は(2)の国に及ばないので注意が必要(UP登録時に、どこか批准国であるかがポイント)。
(HLK-Session-Eleven-Unitary-Patent-UP-and-Unified-Patent-Court-UPC-Presentation-Slides より抜粋(HLK了承済))
UPと従来の指定国移行(National Validation)との違い
1) UP制度を利用すれば、各国へ移行手続きをする必要がない。EPOに単一効申請(Request for Unitary Effect)を行うことでUP参加国すべてにおいて一括して有効な特許が発生する。
2) UP制度を利用すれば、各国へ登録後維持年金を納付する必要がない。EPOに対して年金納付すればよい。
3) UPは、統一裁判所(Unified Patent Court : UPC)の管轄下になるので、各国の裁判所で争う必要がない(UPCに関しては後述)。
単一効申請(Request for Unitary Effect)はどのように行うのか
※出願から特許査定・登録までの過程は従来通り。
※申請対象は、EPOへの出願日が2007年3月1日以降の出願。
(2007年3月1日は、EPC最後の加盟国であるマルタが加盟した年月日)
1) 登録後、1月以内にEPOへ申請する(延長不可)。
2) (移行期間:後述 に限り)申請時に特許全文の翻訳文提出が必要。
EPOでの手続言語がフランス語orドイツ語:英訳の提出。
EPOでの手続言語が英語:英語以外のEU公式言語(いずれか1つ)訳の提出。
※EU公式言語=UP非参加国の言語でも可(例:スペイン語でも可)
※この翻訳文は「information purposes only」であり、法的効力は有さない。
※機械翻訳の提出は不可。
3) 庁費用はなし。
4) UP登録がなされるまでは、申請を取り下げることができる。
5) ドイツがUPCA批准手続を完了させた後(2022年7月頃)、EPC規則71(3)通知書が発行中の欧州出願については、UPCA発行前であっても事前の単一効申請が可能(UPCA発行前の3~4か月)。
従来の移行か、UPかの選択が可能
1) UP申請は必須ではない(not mandatory)。
2) EPOで登録になった後、①従来の移行か、②UP申請か、の選択肢が可能である。
(J A Kemp Guide to the Unitary Patent and Unified Patent Courtより抜粋 (J A Kemp了承済))
UP申請した後の、登録後維持年金
1) 毎年EPOへ納付する
2) 納付期限は、出願日の各年の応当日が属する月の末日(現在の欧州特許、ドイツ、イギリス、フランスと同じ)
3) 6月の追納期間あり(1.5倍額)
4) 年金額は、現在のドイツ、イギリス、フランス、オランダへ移行した場合の年金額の合計相当額
(EPO提供 Unitary_Patent_guide_enより抜粋)
5) ライセンス付与を拒まない旨の宣言(License of Right)を行うと、15%減額される。
6) 従来の移行では、権利維持をしない国については年金納付を行わず、その分年金納付額の総和を低減させることができた。UPにおいては、常に上記年金額を納付する必要がある。
UPのメリット・デメリット
メリット
1) 欧州特許庁(EPO)に単一効申請(Request for Unitary Effect)を行うだけでUPの取得が可能(従来の各国移行手続きは不要)。
2) 通常の欧州特許と比較して、単一効申請(Request for Unitary Effect)費用(現地代理人手数料)・維持年金費用の低減が期待できる。
デメリット
1) 少なくとも移行期間中(UPCA発行から7年)は、単一効申請(Request for Unitary Effect)時に欧州特許の全文翻訳の提出が必要(前掲)。
※従来の移行手続きにおいて、ドイツやフランス等、翻訳文提出が不要の国へ移行されていた場合は、単一効申請(Request for Unitary Effect)時の翻訳費用が新たに発生することになる。
2) UPCAを批准していない国については、UPはカバーされないので、従来の移行手続きが必要。
3) UPの維持年金費用は、現行の、ドイツ・イギリス・フランス・オランダの4か国の維持年金の合計額に相当すると言われている
※移行国が4か国より少ない場合は上記のコストメリットの恩恵を受けづらくなる。
4) 権利維持する国の数が減っても、年金費用は減らない。
【統一特許裁判所(Unified Patent Court:UPC)について】
UPC: UP及び従来の欧州特許に関する取消手続及び侵害訴訟を管轄する裁判所
管轄範囲
①EU非加盟国、及び②UPC未批准国、以外の欧州特許
※上記①②はUPC管轄から外れ、後述のCentral Revocationのリスクもない。
移行期間(UPCA発行から7年、最大14年まで延長可)が終了するまでは、各国の裁判所/UPCの管轄が両立する場合がある
(HLK-Session-Eleven-Unitary-Patent-UP-and-Unified-Patent-Court-UPC-Presentation-Slides より抜粋(HLK了承済)。図中の各Periodは本書簡の最後にご参考として説明しております。)
(1) UPCA発効前にEPOで登録になった場合
・Opt-out(後述)した案件:各国裁判所の管轄下
・Opt-outしていない案件:①移行期間中まで各国裁判所&UPCの管轄、②移行期間経過後はUPC管轄
(2) UPCA発効後にEPOで登録になった場合
・Opt-outした案件:各国裁判所の管轄下
・Opt-outしていない案件:①移行期間中まで各国裁判所&UPCの管轄、②移行期間経過後はUPC管轄
・UP申請した案件:UPC管轄
(3) 移行期間中EPO係属案件に対しOpt-outし、移行期間経過後EPOで登録になった場合
・各国裁判所の管轄下
(4) 移行期間経過後EPOで登録になった場合
・UP申請の有無にかかわらず全件UPC管轄
UPCのメリット・デメリット
メリット
1) UPCでは訴訟提起から約12~15月で一審判決が出るよう、各手続きが設計されている。
2) 各国の裁判所で訴訟提起する場合に比して裁判費用の低減が期待できる。
3) 特許権の及ぶ範囲、権利の制限、利用可能な救済措置等、統一された法律・制度の下で運用されるので手続きの明確性・確実性がより担保される。
4) 国をまたいだ侵害行為に対してもUPCにおける訴訟手続きで問える。
5) 中央部(Central Division)における裁判手続では、特許の言語が用いられる。
デメリット
1) UPCの判断は欧州単一特許全体に効力を及ぼすため、セントラルアタック(Central Revocation)のおそれがある。UPCで特許取消の判断がされれば、それはすなわち一括的に権利が取消されることを意味する。
2) 現時点でUPCの人員(裁判官含む)の採用活動を行っているため、裁判官の質が不明。UPCにおける判例の蓄積もなく、各国の管轄裁判所で出された判決とどの程度異なった判決がなされるのか、不確実な点がある。
Opt-out(オプトアウト)
1) Opt-out (オプトアウト):UPC管轄から外れるための手続き。セントラルアタック(Central Revocation)のリスク回避が可能。
2) EPOに係属中(特許登録前)の欧州特許出願についてもオプトアウトを申請することができる。
3) オプトアウトはEPOで登録されてから効力を有する。
4) オプトアウトの効果は、移行期間(UPCA発行から7年、最大14年まで延長可)の経過後も持続する
5) 各国の管轄裁判所に係属案件がなければ、オプトアウト申請を取り下げることができる(オプトイン。UPCの管轄に戻る)。
※オプトインした場合、再度オプトアウト申請をすることはできない。
※オプトインは移行期間の経過後も可能。
6) UPCに係属案件がないことが条件。
7) UPC Case Management Systemから申請する(現在β版が公開:UPC Case Management System (unified-patent-court.org))。
8) 欧州特許1件毎に申請をするが、将来的にはまとめて複数件申請も可能になる予定。
9) 庁費用はなし。
Opt-out(オプトアウト)申請可能期間
1) UPCA発行から最初の7年間の「移行期間」において申請可能(最大14年まで延長の可能性有り)
2) UPCA発行前の「サンライズ期間」にも事前申請が可能
※UPCA発行前の約3か月の期間
3) オプトアウトは、サンライズ期間中に申請しておくことが望ましい。
※移行期間が開始されると、UPCへの訴訟提起が可能になる。第三者からUPCに訴訟提起されれば、オプトアウト申請はできなくなる。
※相当件数がオプトアウトされることが予測され、EPOの処理が追い付くか不明である(前述の通り、EPOに登録されて初めて効力が発生する)。
◆参考情報
・Provisional Application Period(2022/1/19~約8か月): UPCA試行期間(UPCの技術環境及びインフラを整えるための準備期間)
・Pre-launch Period(UPCA発効前3~4か月):当該期間中に規則71(3)通知が発行されている欧州出願について、UPCA発行前に事前の単一効申請(単一特許の取得申請)が可能。
・Sunrise Period(UPCA発効前約3か月):この時点からオプトアウト申請が可能
・Transitional Period(Sunrise Period満了後7年): 移行期間
◆参考資料
https://www.epo.org/law-practice/unitary/unitary-patent.html
https://www.unified-patent-court.org/
https://www.hlk-ip.com/unitary-patent-unified-patent-court/
EPO – Supporting users in an early uptake of the Unitary Patent
HLK-Session-Eleven-Unitary-Patent-UP-and-Unified-Patent-Court-UPC-Presentation-Slides
J A Kemp Guide to the Unitary Patent and Unified Patent Court
Unitary_Patent_guide_en(EPO提供)
- 本欄の担当
- 伊東国際特許事務所
所長 弁理士 伊東 忠重
副所長 弁理士 吉田 千秋
担当:弁理士 菊池 陽
弁理士 野崎圭子