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クレーム解釈および意見陳述に基づく放棄に関する連邦巡回控訴裁判所(CAFC)判決 CUPP COMPUTING AS v. TREND MICRO INC. (Federal Circuit, November 16, 2022)
<概要>
2022年11月16日の判決において、連邦巡回控訴裁判所(以下CFFC)は、クレームに記載される2つのプロセッサの位置に関する「異なる(different)」という文言の意味を解釈し、「異なる」という文言は2つのプロセッサが互いに物理的に離れていることを必要としないとの見解を示しました。CAFCはまた、2つのプロセッサが互いに離れていない構成については審査中に行った陳述により放棄したとする特許権者の主張を退けました。この結果、クレームが広く解釈されることになり、特許が無効になりました。
<背景>
CUPP Computing AS(以下CUPP)は、モバイルデバイスを狙った悪意のある攻撃に対処する複数の特許[1]を有している。具体的には、省電力モードからモバイルデバイスを起動した後、ストレージメディアをスキャンしてマルウェアを検出したり、セキュリティアプリケーションを更新したりするなど、デバイス上でセキュリティ操作を実行するためのシステムおよび方法に関する特許である。これら特許の代表的なクレーム[2]を以下に示す。
A mobile security system, comprising:
a mobile security system processor;
a connection mechanism for connecting to a data port of a mobile device and for communicating with the mobile device;
security instructions; and
a security engine configured to:
detect using the mobile security system processor a wake event;
provide a wake signal to the mobile device, the mobile device having a mobile device processor different than the mobile security system processor, the wake signal being in response to the wake event and adapted to wake at least a portion of the mobile device from a power management mode; and
after providing the wake signal to the mobile device, executing the security instructions using the mobile security system processor to manage security services configured to protect the mobile device.
これら複数の特許のうちの1件[3]の最初の審査中に、審査官は、引例Priestley[4]に基づいてクレームを拒絶した。Priestleyは、モバイルデバイスプロセッサとは異なるモバイルセキュリティシステムであるトラステッド・プラットフォーム・モジュール(TPM)を開示している。このPriestleyのTPMは、通常はPCのマザーボードに搭載された追加のスタンドアロンチップとして実装され、ハードウェアで実装してもソフトウェアで実装してもよいものである。この開示に基づいて審査官は、個別のセキュリティプロセッサを使用することは元のハードウェアに対して置換可能な自明な変形にすぎないと認定した。この拒絶理由への応答においてCUPPは、TPMがPCのマザーボードに搭載されたスタンドアロンチップとして実装されるのであれば、TPMは別のプロセッサではなくモバイルデバイスのマザーボードの一部である、と主張した。更に、TPMはモバイルシステムプロセッサとは異なるモバイルセキュリティシステムプロセッサに該当しない、と主張した。その後、審査官はクレームを許可した。
2019年3月、トレンドマイクロ株式会社は特許審判部(以下「審判部」)に対し、特許の当事者系レビュー(IPR)を申請した。トレンドマイクロは、モバイルデバイス内にバンドルされたセキュリティプロセッサを教示する先行技術文献[5]に基づいて、クレームは自明であると主張した。CUPPは反論において、クレームは文献とは相違しており、クレームに記載されるプロセッサに関する限定により、セキュリティシステムのプロセッサはモバイルデバイスのプロセッサから離れている(”remote”である)ことが要求される、と主張した。審判部は、セキュリティシステムのプロセッサがモバイルデバイスのプロセッサから離れていることはクレームから要求されないとし、特許は無効であると判断した。CUPPはこの決定に対してCAFCに上訴した。
<CAFC判決>
適切なクレーム解釈を検討するにあたり、CAFCはまず、「当業者が理解するクレーム表現の通常の意味が専門外の裁判官にさえ容易に分かる場合、汎用の辞書が役に立つであろう」と指摘した。ここでCAFCは、通常の用法では「異なる(different)」とは単に「異種(dissimilar)」という意味である[6]と指摘し、ある特徴が「異なる」ためには別の特徴から離れている必要はないと結論付けた。特に、2つのプロセッサが互いに異なっていても、両方が1つのデバイスに組み込まれている可能性があると指摘した。
CAFCは更に、上記結論は特許明細書の記載によって裏付けられていると指摘した。例えば、発明の好ましい実施形態の1つでは、「モバイルセキュリティシステは、・・・モバイルデバイス内に組み込むことができる」と記載されており、この発明の好ましい実施形態がクレーム範囲に含まれないと解釈するには、非常に説得力のある証拠が必要であると指摘した。
CAFCはまた、いくつかの特許のクレームでは、セキュリティシステムがウェイクシグナルをモバイルデバイスに「送信」し、モバイルデバイスと「通信」することを要求しているため、当該システム(およびそのプロセッサ)はモバイルデバイスプロセッサから離れていなければならないというCUPPの主張を退けた。CAFCは、人が自分自身に電子メールを送信でき、従業員がその人を雇用する事業体と通信できるのと同様に、モバイルデバイスの一部分であるユニットは、デバイスに「送信」または「通信」することができると指摘した。
CAFCは更に、Priestleyから発明を差別化する意見書での陳述により、離れていないセキュリティシステムプロセッサの構成を放棄したというCUPPの主張を退けた。ここでCAFCはまず、特許権者が自らの陳述に拘束されるのは、明確かつ紛れもない否認をしたときだけであると指摘した。否認が曖昧である場合、あるいは複数の合理的解釈があり得る場合には、CAFCは審査経過に基づく放棄をこれまでも認めてこなかったとCAFCは指摘した。本件においては、TPMには個別のプロセッサが存在していないのでPriestleyは異なるプロセッサを教示していない、というのがCUPPの主張点であると解釈するのは合理的である、とCAFCは結論付けた。この解釈の下では、TPMがマザーボードに搭載されたスタンドアロンチップである場合、TPMはマザーボードのプロセッサに依存して独自の異なるプロセッサを持たないことになる。このようにしてCAFCは、セキュリティシステムプロセッサが別のプロセッサを備えたモバイルデバイスに組み込まれた構成をクレームに含めることは、審査官に対するCUPPのコメントの内容と辻褄が合うと結論付けた。
CAFCはまた、互いに離れていないセキュリティシステムプロセッサの構成をIPR手続きにおいて放棄したというCUPPの主張を却下した。CAFCは、特許権者がクレーム範囲を否認したIPR手続きとまさに同一のIPR手続きにおいて、特許権者によるクレーム範囲の否認を審判部が受け入れる必要はないと判示した。
以上に基づいて、CAFCは審判部による決定を支持した。
本件記載の判決文(CAFC判決)は以下のサイトから入手可能です。
20-2262.OPINION.11-16-2022_2034079.pdf (uscourts.gov)
[1]米国特許第8,631,488号;9,106,683;および第9,843,595号
[2]米国特許第8,631,488号のクレーム10
[3]米国特許第9,106,683号
[4]米国特許出願公開第2010/0195833号
[5]米国特許第7,818,803号および米国特許出願公開第2010/0218012号
[6]例えば、Webster’s Third New International Dictionary 630 (2002) では、 「異なる」は「性質、形態、または品質において、部分的または全体的に似ておらず、・・・他が有していない特性を少なくとも一つ有すること」を意味すると定義している。
所長 弁理士 伊東 忠重
副所長 弁理士 吉田 千秋
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米国特許弁護士 Herman Paris
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