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実施可能要件に関する米国最高裁判所判決 AMGEN INC. v. SANOFI (U.S. Supreme Court, May 18, 2023)
米国最高裁判所 (以下、最高裁) の2023年5月18日付判決において、特許明細書は当業者がクレームの全権利範囲を製造及び使用を可能にするものでなければならないとする原則が再確認され、機能によって発明を定義したAmgen社の権利範囲の広いクレームが無効であることが確認されました。以下に、この判決の内容につきましてご報告申し上げます。
<背景>
Amgen社は、低密度リポタンパク質コレステロール (以下、LDLコレステロール) のレベルを低下させる抗体に係る特許を二件保有している[1]。LDLコレステロールは、循環器疾患、心臓発作及び卒中に関与するとされている。これら二件の特許により、以下二つの機能を果たすラボ製造の全抗体がカバーされている。二つの機能とは、(1) 特定のアミノ酸を、自然発生するタンパク質PCSK9に結合させること、(2) 血流からLDLコレステロールを除去しようとする体内メカニズムが、PCSK9によって損われるのを防止することである。
抗体が異なるごとに、抗体を構成するアミノ酸及びその三次元形状に応じて、結合や防止の程度も異なるため、抗体に関する科学はいまだに予測困難であるとされている。例えば、たった一つのアミノ酸を変更するだけで、抗体の構造や機能が変わり得るため、科学者にもそのような変更がもたらす作用を常に正確に予測することはできないと考えられている。
一例として、Amgen社の米国特許第8,829,165号のクレーム29は以下のとおりである。
29. A pharmaceutical composition comprising an isolated monoclonal antibody, wherein the isolated monoclonal antibody binds to at least two of the following residues S153, I154, P155, R194, D238, A239, I369, S372, D374, C375, T377, C378, F379, V380, or S381 of PCSK9 listed in SEQ ID NO:3 and blocks the binding of PCSK9 to LDLR by at least 80%.
Amgen社は、出願時の開示において、二つの機能を果たす26抗体のアミノ酸配列を特定し、これら26の抗体のうち2抗体の三次元形状を図示している。この他に、Amgen社の開示は、クレームに記載されている結合及び防止機能を果たす抗体の生成方法として二つの方法を提示するのみであった。Amgen社は、第一の方法を「ロードマップ」と称し、以下の内容を含むとしている。(1) ラボにおいていくつかの抗体を作成し、(2) これらの抗体をテストして、PCSK9に結合するかどうかを確認し、(3) PCSK9に結合した抗体をテストして、クレームで規定されているPCSK9の特定の領域に結合しているかどうかを確認し、(4) このような特定の領域に結合している抗体をテストして、PCSK9がLDL受容体[2] に結合するのを防止しているかどうかを確認する、ことである。Amgen社は、第二の方法を「保守的な代替 -conservative substitution- 」と称し、以下の内容を含むとしている。(1) クレームに記載の機能を果たすことが知られている抗体を準備し、(2) 当該抗体中のアミノ酸を選択し、同様の特性を有することが知られているアミノ酸によって置換し、(3) その結果得られた抗体をテストして、同様にクレームの機能を果たすかどうか確認する、ことである。
Amgen社は、PCSK9阻害剤を商品名Repathaとして市販化する一方、Sanfoi社は、Praluentという商品名で競合製品を生産した。各製品とも、独自のアミノ酸配列を有する全く異なる抗体を用いている。特許取得後まもなく、Amgen社はSanofi社を提訴し、特許権侵害を主張した。地裁は、米国特許法第112条(a)に基づく要件を満たしていないとして、特許無効の判決を下した。米国特許法第112条(a)は、出願人に、発明を当業者にとって製造及び使用できるように、完全、明瞭、簡潔かつ正確な用語で記載することを要求している。本件において、Sanofi社が主張したのは以下の二点であった。Amgen社のクレームが何百万もの未開示の抗体をカバーする可能性があること、Amgen社が同じ機能を有する抗体の生成方法として概要を開示している二つの方法は、いずれも当業者が確実な生成を行うことを可能にするものではないことである。地裁はAmgen社の特許を無効とし、地裁の判決は連邦巡回控訴裁判所によっても支持された。その後、Amgen社は最高裁に上訴した。
<最高裁判決>
最高裁による分析は、電信、白熱灯、澱粉のり等の技術に関わる歴史的な判例を確認することから始められている。これらの判例をもとに、明細書はクレームに規定される発明の全権利範囲を実施可能にするものでなければならないという要件を、最高裁は再確認した。最高裁は、「より広くクレームするほど、より多くを実施可能にしなければならない “the more one claims, the more one must enable” 」と述べている。本件について、最高裁は、クレームされた分類に属する全ての実施例について、製造及び使用する方法を詳細に記載することが常に必要とされる訳ではないとしている。すなわち、一つあるいは少数の例でも十分な場合があるとしており、明細書が当該分類を貫く何らかの属性 (some general quality) を開示しており、特定の目的に固有の適合性 (a peculiar fitness for the particular purpose) を与えるものであるならば十分であるとしている。属性の開示によって、当業者がクレームされているものの全て –サブセットだけでなく– の製造及び使用を確実に実施できる場合がある、とも述べている。
最高裁はまた、明細書の記載が当業者に何らかの改造やテストを必要とさせるという理由のみで不適切になるとは限らない、という原則も再確認している。すなわち、明細書が特許発明の製造及び使用にあたり妥当な量の実験 (a reasonable amount of experimentation) を当業者に要求することは可能で、妥当であるかどうかは発明の性質や基礎となる技術によるとしている。
次いで、最高裁は、当該特許のクレームを分析し、次のように述べている。アミノ酸配列によって特定される26の抗体は明細書によって実施可能であると云えるが、クレームは当該26抗体をはるかに上回る広さとなっている。Amgen社は、機能によって定義される対象物の分類全体、すなわち、-PCSK9の特定の領域に結合し、PCSK9がLDL受容体に結合することを防止する全ての抗体– に及ぶ独占権を得ようとしているが、このような分類は、Amgen社が提示している26の例に加えて、莫大な数の抗体を含むものである。更に、最高裁は、「ロードマップ」や「保守的な代替 -conservative substitution- 」に従うことで、科学者は未開示の機能的な抗体を製造及び使用できるという理由で、広いクレームは実施可能であるとするAmgen社の主張を認めなかった。最高裁は、Amgen社の上記二つの手法は、科学者に骨の折れる (painstaking) 実験を求める二つの研究課題を与えるに過ぎないものであり、実施可能というよりもむしろ狩猟許可 (“hunting license”) に近いものであると述べている。
このようにして、最高裁は、特許無効の判決を支持する判断を下した。
本件記載の判決文(最高裁判決)は以下のサイトから入手可能です。
21-757 Amgen Inc. v. Sanofi (05/18/23) (supremecourt.gov)
[1] 米国特許第8,829,165号及び米国特許第8,859,741号
[2] LDL受容体は、LDLコレステロールを血流から取り出す役割を担うものである。
- 本欄の担当
- 伊東国際特許事務所
所長 弁理士 伊東 忠重
副所長 弁理士 吉田 千秋
担当: 弊所米国オフィスIPUSA PLLC
米国特許弁護士 Herman Paris
米国特許弁護士 有馬 佑輔
米国特許弁護士 加藤奈津子