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自明性判断に関するUSPTOガイダンスおよび連邦巡回控訴裁判所 (CAFC)判決 Pfizer Inc. v. Sanofi Pasteur Inc. (Federal Circuit, March 5, 2024)
2024年2月27日、米国特許商標庁 (以下USPTO) は、連邦巡回控訴裁判所 (以下CAFC) のKSR 後の判例がUSPTO審査官によってどのように適用されるべきかを概説するガイダンスを発表しました。また2024年3月5日付の判決においてCAFCは、一定の状況下では、先行技術において開示されていない特定のパラメータが “result-effective variable” (結果を得るのに有効な変数、以下「結果有効変数」とする)とみなされ、このようなパラメータの最適化は自明とされる可能性があると判示しました。
自明性の判断に関するUSPTOガイダンス改訂
2024年2月27日にUSPTOが公表したガイダンスは、当業者の常識及び共通認識を考慮した柔軟な方法により先行技術の範囲を理解する必要性を強調している。特に、当業者が導き出すであろう合理的な推論を認識せず、先行技術を狭く厳格に解釈することは不適切であると指摘している。当該ガイダンスは、先行技術に特定の教示が欠如しているという主張に関して、欠如しているとされる教示が、常識、一般的な共通認識又は関連分野での共通認識によって、当業者に理解されていたであろう場合には、自明性の拒絶を克服するには不十分であると指摘している。当該ガイダンスは、先行技術の開示がクレーム発明と類似技術であるか否かの判断にも、先行技術の理解に関する柔軟なアプローチが適用されることを説明している。
また、当該ガイダンスは、先行技術を組み合わせることや変形することの理由付けにも柔軟なアプローチが適用されるとしている。これまでに、CAFCは、クレーム発明が自明であったと判断するにあたり、先行技術を組み合わせることや変形することの理由を暗示又は明示的に提供する可能性のある数多くのソースを特定してきている。これには、例えば、市場による力、デザインインセンティブ、複数の特許の相互に関連する教示、発明の時点でその分野で知られ、かつ特許により対処されているニーズ又は課題、当業者の背景知識、創造性及び常識が含まれる。当該ガイダンスは、先行技術のパラメータを最適化する理由は技術の改良を求める当業者の願望の中に見い出され得ること、先行技術の開示内容を組み合わせる理由は、組み合わせにより解決される問題が別の方法でもっと有効に対処できていたかもしれない場合であっても、適切な理由となり得ることにも言及している。
最後に、当該ガイダンスは、USPTO審査官がクレームを自明と判断する場合、関連する事実に基づき、その理由を明確に述べる必要性を強調している。例えば、当該ガイダンスでは、「常識」に基づく自明性の認定には、常識に基づけば自明性を認定せざるを得ない理由を合理的に裏付ける明示的かつ明確な理由付けが含まれていなければならないとしている。当該ガイダンスは、非自明性の客観的な証拠[1](商業的成功、長年望まれていたニーズ、他者による失敗等)が、出願明細書に組み込まれている又は出願後に証拠書類[2]を提出する等の方法で適切に審査官に提示される場合、最初のオフィスアクションの発行前であっても、審査官はそれらの証拠を考慮しなければならないことにも言及している。
Pfizer Inc. v. Sanofi Pasteur Inc. (Federal Circuit, March 5, 2024)
このCAFC判決では、改訂されたUSPTOガイダンスに沿っているかのような自明性への柔軟なアプローチがとられている。
ファイザー社は、米国特許第9,492,559号(以下559特許)を保有している。肺炎球菌ワクチンに使用する抗原(複合糖質)に関する特許である。559特許のクレーム1は以下のとおりである。
1.An immunogenic composition comprising a Streptococcus pneumoniae serotype 22F glycoconjugate, wherein the glycoconjugate has a molecular weight of between 1000 kDa and 12,500 kDa and comprises an isolated capsular polysaccharide from S. pneumoniae serotype 22F and a carrier protein, and wherein a ratio (w/w) of the polysaccharide to the carrier protein is between 0.4 and 2.
Sanofi社[3]は、米国特許商標庁の特許審判部 (Patent Trial and Appeal Board) に対し、当事者系レビューを申し立てた。審判部は、559特許の全クレームにつき、PCT国際公開第2007/071711号(以下PCT-711文献)及び米国出願公開第2011/0195086号(以下US-086文献)により自明であると認定した。本件において、PCT-711文献及びUS-086文献のいずれも肺炎球菌血清型22Fの複合糖質(glycoconjugate)の分子量を開示していないが、審判部は、複合糖質の分子量は、安定性が改善され良好な免疫応答を有する複合体を提供するために当業者が最適化する動機となる結果有効変数であると認定した。
ファイザー社は、審判部の決定を不服としてCAFCに上訴した。特に、ファイザー社は、結果有効変数理論は、クレーム範囲と先行技術で開示された範囲との間に実際に重複がある場合にのみ適用され得ると主張した。CAFCはこの主張に同意せず、以下のように判示した。
(i)最適化が容易か否かの検討では、当業者が、成功の合理的な期待を持って、クレーム発明に到達するために先行技術のギャップを埋める動機を持っていたかどうかを考慮する必要がある
(ii) そのギャップに先行技術で開示されていないパラメータが含まれている場合、当該パラメータが結果有効変数として認識されたであろうかどうかを検討することは不適切ではない
(iii) パラメータがそのように認識された場合、当該パラメータの最適化は、通常、自明である
事実認定に関して、CAFCは、PCT-711文献が血清型22F複合糖質と、他の14種類の肺炎球菌血清型複合糖質の分子量と、の両方を開示していると指摘している。CAFCは、また、これらの分子量(1303 kDaから9572 kDaの範囲)がクレーム範囲と重複していること、PCT-711文献には「より大きなサイズの糖質を保持する糖質複合ワクチンは、肺炎球菌疾患に対して良好な免疫応答を提供できる」という開示があること、PCT-711文献及びUS-086文献はいずれも、公知の方法と技術を使用して細菌から多糖を単離し、それをキャリアタンパク質に結合できることを開示している[4]ことについても指摘している。このような証拠及びその他の証拠に基づいて、CAFCは、非特許性についての審判部の判断と、「複合体のサイズは、複合体の安定性の向上と良好な免疫応答に関連する結果有効変数であり、フィルターのサイズによってのみ制限されるものであり、その最適化は当業者の理解の範囲内である」とする審判部の結論を肯定した。
<留意すべきポイント>
CAFC判例及びUSPTOガイダンスは、自明性の判断を行う際に特許審査官に幅広い柔軟性を与えるものですが、出願人としては、審査官の理論的根拠がオフィスアクションで明確に示されることを要求するべきです。これにより、出願人は、審査官が拒絶理由を構築する際に用いた特定の根拠に反論する機会を得ることができます。特に、審査官が主張する引用文献の組み合わせが実現不可能であること又は本発明の目的を損なうことを示す詳細な技術的反論は、当業者であればそのような組み合わせを思いとどまったであろうことを審査官に納得させるのに役立つ可能性があります。発明者の意見を聞くことでそのような反論の構築に役立つ可能性もあります。更に、クレーム発明の独自の利点を実証するデータの提出は(発明者の宣誓書として)、化学分野等の込み合っている先行技術分野において説得力を持つことが考えられます。
<参照リンク>
USPTO更新ガイダンス及びファイザー判例は、以下のリンクでご覧いただくことができます。
https://www.govinfo.gov/content/pkg/FR-2024-02-27/pdf/2024-03967.pdf
https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/19-1871.OPINION.3-5-2024_2280462.pdf
[1]二次的考慮事項とも呼ばれる。
[2]ガイダンスは、(i) 出願審査中、非自明性の客観的証拠は宣誓供述書又は宣言書によって提出されなければならない、(ii) 代理人の主張だけでは、記録上そのような証拠に代わることはできない、(iii) 意見の根拠となる基礎的な事実やデータを開示しない専門家証言は、ほぼ又は全く重視されない、としている。
[3] 559特許は、Merck Sharp & Dohme社及びSK Chemicals社からも申立てを受けている。
[4].例えば、PCT-711及びUS-086はいずれも、肺炎球菌複合糖質の調製方法を開示しており、多糖類のサイズを調整して複合体の濾過性を改善できることを教示している。
- 本欄の担当
- 伊東国際特許事務所
所長 弁理士 伊東 忠重
副所長 弁理士 吉田 千秋
担当: 弊所米国オフィスIPUSA PLLC
米国特許弁護士 Herman Paris
米国特許弁護士 加藤奈津子