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数値限定に対する均等論の拡大適用に関する中国最高裁判決 (2021)最高法知民終985号

1.概要

 本判決において、中国最高人民法院(以下「中国最高裁」と称する)は、「技術分野、発明の種類、クレームの補正内容等の関連要素を総合的に考慮した上、当該技術的特徴を均等な特徴として認定したとしても、特許請求の範囲に対する公衆の合理的な期待に違反せず、且つ特許権を公平に保護することができる場合に限り、均等な技術的特徴に該当すると認定することができる」と判示しました(判決日2023年4月26日)。

 

2.背景

(1)中国の均等論の法的根拠

 中国では、均等論について、『最高人民法院による特許紛争事件の審理での法律適用問題に関する若干の規定』(法釈(2001)21号(再公布)、法釈〔2015〕4号)の第17条[1]により、「均等な特徴とは、記載された技術的特徴と基本的に同一の手段により、基本的に同一の機能を実現し、基本的に同一の効果をもたらすとともに、当業者が被疑侵害行為の発生日に創造的な労働なく想到できる特徴を意味する」が規定されている。一方、日本と異なり、非本質性要件が含まれていないため、均等論が適用されやすいと言える。

 数値限定に対する均等論の適用について、『最高人民法院による特許権侵害をめぐる紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈(二)』(法釈〔2016〕1号)の第12条[2]により、「数値限定特徴に対して「少なくとも」、「超えない」等の用語を用いており、且つ、当業者が明細書等に基づき、数値限定に対し特別に限定作用を強調していると判断された場合、当該数値限定に対して均等論の主張が認められない」と規定されている。

 また、近年の中国の判決により、原則として、数値限定に対する均等論の拡大適用が認められない傾向がある。

 

(2)本件の経緯

 中国深圳市のA社は、自転車ハンドルバーに関する「伸縮ブッシングのロック装置」と称する中国特許第103359238号(以下「238特許」と称する)を所有し、238特許の請求項1は、以下の通りである。

 

【請求項1】

 伸縮ブッシングのロック装置であって、

 上端開口の壁部に軸方向に沿って案内溝(12)が設けられたブッシング(7)と、

 該ブッシング(7)に挿入された挿入管(1)と、

 前記ブッシングの上端開口の円形の外周を囲むように設けられた環状クリップ(4)と、

 前記環状クリップの開口端部に接続された偏心ロックノブ(3)と、を含み、

 前記挿入管(1)の円形の外壁面に軸方向に沿って平面構造(8)が設けられ、

 前記環状クリップ(4)の円形の内壁面に位置制限部(9)が設けられ、該位置制限部(9)の環状クリップの中心を向く面は位置制限平面であり、該位置制限平面と前記挿入管(1)の円形の外壁面の平面構造(8)とは互いに嵌合し、

 前記位置制限部(9)の背面は弧状面を形成し、位置制限部(9)の背面はガイド部(10)を介して円形の内壁面に接続され、該ガイド部(10)は前記ブッシング(7)の案内溝(12)に嵌入され、前記位置制限部(9)の背面の弧状面は前記ブッシング(7)の円形の内壁面に嵌合され

 前記位置制限部(9)の位置制限平面の横方向の幅Lは環状クリップ(4)の内径の0.5~0.8倍である、伸縮ブッシングのロック装置。

 

image

争点となった「前記位置制限部(9)の位置制限平面の横方向の幅Lは環状クリップ(4)の内径の0.5~0.8倍である」の数値限定の特徴(以下「特徴A」と称する)は、2014年9月17日付第1回拒絶理由通知に対して、請求項2、図4等に基づいて請求項1に追加された特徴である。

 また、「前記位置制限部(9)の背面は弧状面を形成し、位置制限部(9)の背面はガイド部(10)を介して円形の内壁面に接続され、該ガイド部(10)は前記ブッシング(7)の案内溝(12)に嵌入され、前記位置制限部(9)の背面の弧状面は前記ブッシング(7)の円形の内壁面と嵌合し」の特徴(以下「特徴B」と称する)は、2015年11月20日付第4回拒絶理由通知に対して、図2等に基づいて請求項1を限定した特徴である(下線部分は補正箇所である)。

 

 一審の広州知的財産権裁判所は、イ号製品の「横方向の幅Lは環状クリップの内径の0.45倍である」が特徴A「前記位置制限部(9)の位置制限平面の横方向の幅Lは環状クリップ(4)の内径の0.5~0.8倍である」に入るものではなく、且つ、明細書の記載から見ると、特徴A「前記位置制限部(9)の位置制限平面の横方向の幅Lは環状クリップ(4)の内径の0.5~0.8倍である」が本件特許の発明のポイントであるため、イ号製品の「横方向の幅Lは環状クリップの内径の0.45倍である」に対して特徴A「前記位置制限部(9)の位置制限平面の横方向の幅Lは環状クリップ(4)の内径の0.5~0.8倍である」の均等論が適用されない、と判断しました。((2019)粤73知民初1399号、判決日2021年1月4日)。

 

 これに対し、原告のA社は、広州知的財産権裁判所の決定を不服として中国最高裁に控訴した。

 

3.争点及び中国最高裁の判断

 争点:イ号製品の「横方向の幅Lは環状クリップの内径の0.45倍である」に対して特徴A「前記位置制限部(9)の位置制限平面の横方向の幅Lは環状クリップ(4)の内径の0.5~0.8倍である」の均等論を適用することができるか否か

 

 中国最高裁は、イ号製品の「横方向の幅Lは環状クリップの内径の0.45倍である」に対して特徴A「前記位置制限部(9)の位置制限平面の横方向の幅Lは環状クリップ(4)の内径の0.5~0.8倍である」の均等論を適用することができると判断し、一審の広州知的財産権裁判所の判決を取り消した。

 その理由は、次の通りである。

 

(a)特許権の保護範囲及び均等論の適用について

 数値又は連続的に変化する数値範囲により特定された特徴について、当業者が特許請求の範囲、明細書、図面を閲読した後に、特許に係る技術案が当該用語の技術的特徴に対する限定的な役割を特に強調していると理解していない限り、均等論の適用を完全に排除することは適切ではない。一方、特許請求の範囲は公開されており、公衆の利益を保護するために、均等論の原則を適用する場合、数値又は数値範囲により特定される特徴は厳密に制限される必要がある。数値又は数値範囲上の差異が基本的に同一の手段により、基本的に同一の機能を実現し、基本的に同一の効果をもたらすとともに、当業者が被疑侵害行為の発生日に創造的な労働なく想到できるものであり、且つ技術分野、発明の種類、クレームの補正内容等の関連要素を総合的に考慮した上、当該技術的特徴を均等な特徴として認定したとしても、特許請求の範囲に対する公衆の合理的な期待に違反せず、且つ特許権を公平に保護することができる場合に限り、均等な技術的特徴に該当すると認定することができる。

 

(b)クレームの解釈について

 特徴A「前記位置制限部(9)の位置制限平面の横方向の幅Lは環状クリップ(4)の内径の0.5~0.8倍である」は、本件特許の発明のポイントではなく、特許査定となった原因は、主に、第4回拒絶理由通知に対して追加された特徴Bの「前記位置制限部(9)の背面の弧状面は前記ブッシング(7)の円形の内壁面に嵌合され」である。明細書の段落〔0011〕の「挿入管の相対的な回転を確実に制限するために、位置制限平面の横方向の幅は、環状クリップ内径の0.5倍よりも大きいことが好ましい」の記載を参照すると、当該数値範囲の作用は挿入管の安定性を確保することである。従って、同一の技術的課題を解決でき、且つ該数値範囲に特に近い値について、依然として均等論を適用する余地がある。

 

(c)技術の対比について

 「特徴A「前記位置制限部(9)の位置制限平面の横方向の幅Lは環状クリップ(4)の内径の0.5~0.8倍である」と、イ号製品の「横方向の幅Lは環状クリップの内径の0.45倍である」との数値比率の差は極めて小さく、位置制限部の幅は僅か2mm減少しているため、この微細な差は相対的な回転の制限に実質的な影響を及ぼさない」旨の原告の主張について、イ号製品と本件特許との数値比率の差は僅か0.05であり、その差の範囲は10%以内であるため、自転車分野の当業者にとって、両者が基本的に同一の手段を利用し、基本的に同一の機能を実現し、基本的に同一の効果をもたらすものであるため、均等な技術的特徴に該当すると判断すべきである。

 

4.今後の留意点

 中国では、数値限定に対する均等論の拡大適用は、原則として認められないが、

(a)イ号製品と本件特許の数値限定との数値上の差が極めて小さく(例えば、誤差レベルの差)、

(b)明細書に「数値限定に対して特別に限定作用を強調している」旨の記載がなく、且つ、

(c)数値限定が本件特許の発明のポイントではない(例えば、数値限定は特許査定となった主な原因ではない)場合、

 例外として認められる可能性があると思います。

 

本件記載の中国最高裁の判決(中国語)は以下のサイトから入手可能です。

https://ipc.court.gov.cn/zh-cn/news/view-2905.html

[1]  法釈[2015]第4号第17条

 特許法第59条第1項にいう「発明或いは実用新案特許権の保護範囲はその請求項の内容を基準とし、明細書及び図面は請求項の内容の解釈に用いることができる。」とは、特許権の保護範囲は請求項に記載されたすべての技術特徴により確定される範囲を基準とするべきことを言い、それには当該技術特徴と均等な特徴により確定される範囲も含まれるものとする。

 均等な特徴とは、記載された技術的特徴と基本的に同一の手段により、基本的に同一の機能を実現し、基本的に同一の効果をもたらすとともに、当業者が被疑侵害行為の発生日に創造的な労働なく想到できる特徴を意味する。

[2]  法釈[2016]第1号第12条

 請求項に「少なくとも」、「超えない」などの用語を用いて数値的な特徴を定義し、且つ当業者が特許請求の範囲、明細書、図面を閲読した後に、特許に係る技術案が当該用語の技術的特徴に対する限定的な役割を特に強調していると考え、権利者がそれと異なる数値的な特徴が同等の特徴に属すると主張する場合、人民法院はこれを支持しない。

本欄の担当
弁理士法人ITOH
所長・弁理士 伊東 忠重
副所長・弁理士 吉田 千秋
担当:Beijing IPCHA
中国弁理士 張 小珣

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