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明らかな誤記の明確性への影響に関する中国最高裁判決 (2022)最高法知行終858号
1.概要
本判決において、中国最高人民法院(以下「中国最高裁」と称する)は、「当業者が請求の範囲及び明細書を閲読すれば、請求項の記載に明らかな誤記があると特定することができ、かつ、その唯一の正確な解を特定することができる場合には、原則として、請求項の保護範囲は明確であると認定すべきである。当事者がそのような明らかな誤記があることのみをもって請求項の保護範囲が不明確であると主張するとき、人民法院は支持しない」と判示しました(判決日2023年6月20日)。
2.本件の経緯
張某は、実用新案出願番号を201320862896.5、名称を「全自動ジグソーパズル式製函機」とする実用新案の実用新案権者である。
2020年9月14日、東莞市の某包装機械会社は、本件実用新案権について無効審判を請求した。
これに対し、国家知識産権局は、2021年3月29日に第49013号無効審判請求審決を下し、本件実用新案権の請求項の保護範囲が不明確であり、進歩性を備えないと認定して本件実用新案権の全部無効を宣言した。
審査の基礎とされた請求項は、次のとおりである(請求項は計127項)。
1.底板を搬送してスプレー塗装する作業点(1)を含み、当該作業点の出力端に製品を成型する作業点(2)の底板入力端が接続され、前記製品を成型する作業点(2)は、左側板を搬送して立てる作業点(3)と右側板を搬送して立てる作業点(5)との出力端にそれぞれ接続された左右両側板入力端を有する全自動ジグソーパズル式製函機であって、前記左側板を搬送して立てる作業点(3)に左立板機構(16)が設けられ、前記右側板を搬送して立てる作業点(5)に右立板機構(31)が設けられ、左立板機構(16)に左立板部材と左目板部材とが配置され、右立板機構(31)に右立板部材と右目板部材とが配置されることを特徴とする全自動ジグソーパズル式製函機。
2.右側板を搬送して立てる作業点(5)に右側板支持具(29)が設けられることを特徴とする、請求項1に記載の全自動ジグソーパズル式製函機。
3.右側板支持具(29)上に右側板支持板(30)が取り付けられることを特徴とする、請求項2に記載の全自動ジグソーパズル式製函機。
4.右側板支持具(29)の内側又は外側のいずれかの側又は両側に右側板搬送装置が設けられることを特徴とする、請求項3に記載の全自動ジグソーパズル式製函機。
5.前記右側板搬送装置に案内路が設けられることを特徴とする、請求項4に記載の全自動ジグソーパズル式製函機。
6.前記案内路がオープン直線ガイドレールであることを特徴とする、請求項5に記載の全自動ジグソーパズル式製函機。
7.前記案内路がクローズド直線ガイドレールであることを特徴とする、請求項6に記載の全自動ジグソーパズル式製函機。
……
張某は、これを不服として被訴審決を取り消し、改めて審決を下すべき旨を国家知識産権局に命じるよう求めて北京知的財産法院に対し訴えを提起した。
北京知的財産法院は、2022年3月24日に(2021)京73行初10961号行政判决を下し、張某の訴訟請求を棄却した。
しかしながら、張某が上訴したところ、最高人民法院から2023年6月20日に(2022)最高法知行終858号行政判决が下された。
1.北京知的財産法院の(2021)京73行初10961号行政判决を取り消す。
2.国家知識産権局の第49013号無効審判請求審決を取り消す。
3.国家知識産権局は、東莞市の某包装機械会社が実用新案出願番号を201320862896.5、名称を「全自動ジグソーパズル式製函機」とする実用新案についてした無効審判請求について改めて審決をせよ。
3.中国最高裁の判断
「(1)本件実用新案の請求項7~125と請求項126~127において請求項7~125を引用する技術的解決手段との保護範囲が明確であるか否か」とする争点について、人民法院の効力の生じた裁判では、次のように判示されている。
特許法第26条第4項には、特許請求の範囲には、明細書に依拠して、特許の保護を求める範囲を明確、簡潔に限定しなければならないと規定されているところ、特許請求の範囲において文章で記載する方法で技術的解決手段が表現されると、文章の記載と技術的解決手段との間には自然に形成される差異があるので、請求項の語義が明瞭であるか否か、明らかな誤記があるか否か、内容の具体的な意味については、いずれも当業者の観点から特定されることを要し、このようにして特許権の保護範囲は画定される。当業者が本件特許権の特許請求の範囲及び明細書を閲読することで、請求項について明確な解釈を導き出すことができる場合、即ち、請求項の記載に誤記があると特定され、かつ、明確な正確な内容が導き出される場合には、当業者にとって特許権の保護範囲は明確であると認定すべきである。権利の保護範囲の不当な拡張又は減縮を回避し、権利の安定性を確保するため、誤記の解釈は、明らかな誤記についてのみすることができる。
所謂明らかな誤記とは、当業者にとって、その有する通常の技術知識に基づいて請求項を閲読すれば、ある技術的特徴に誤記があることを直ちに発見することができ、また、その有する通常の技術知識を勘案して明細書及び図面の関連する内容を閲読すれば、その唯一の正確な解を直ちに特定することができるものをいう。
本件実用新案の請求項5には「前記右側板搬送装置に案内路が設けられることを特徴とする、請求項4に記載の全自動ジグソーパズル式製函機」と、請求項6には「前記案内路がオープン直線ガイドレールであることを特徴とする、請求項5に記載の全自動ジグソーパズル式製函機」と、請求項7には「前記案内路がクローズド直線ガイドレールであることを特徴とする、請求項6に記載の全自動ジグソーパズル式製函機」とそれぞれ記載されている。ここで、請求項6と7との両者の関係のみから見れば、請求項6には案内路が「オープン直線ガイドレール」であると記載されている一方で、請求項7では請求項6を引用しながらも、案内路が「クローズド直線ガイドレール」であると記載されているので、請求項7中の案内路の形態について、結局のところ、オープン直線ガイドレールであるのか、それともクローズド直線ガイドレールであるのか、不明確である不備が存在し得る。
しかしながら、明細書及び図面の記載を勘案すると、明細書第[0160]段落には、実施例1中で「前記底板搬送装置に案内路が設けられ、前記案内路は、オープン直線ガイドレールである」と記載され、明細書第[0162]段落には、実施例2で「実施例1と異なる点として、前記案内路は、クローズド直線ガイドレールである」と記載されているので、請求項5に記載の「右側板搬送装置に案内路が設けられる」については、請求項6及び7で「案内路」の構造についてさらに限定されていることになる。明細書の記載によれば、案内路には、「オープン直線ガイドレール」と「クローズド直線ガイドレール」との2種類の構造しかないので、請求項5中の案内路が「オープン直線ガイドレール」であると請求項6において既に明らかに限定されている場合、当業者であれば、本件実用新案の明細書及び図面を閲読すれば、その分野における通常の技術知識に基づいて、請求項7の「クローズド直線ガイドレール」が実質的には請求項5中の「案内路」を具体的に限定したものであると確認することができる。請求項7中の「請求項6に記載の」なる記載は明らかな誤記にあたるので、請求項7の保護範囲は、当業者にとって明確なものである。
4.本件の留意点
(1)中国の特許実務では、「明らかな誤記」の認定とその訂正には、原則として、「その誤記の唯一の正確な内容を特定できること」が必要である。
(2)なお、本件は実用新案に関するものであるが、その請求項数は127項にも及んでいる。中国特許審査指南の規定に基づき、請求項数が10項を超える場合には出願追加料を納付しなければならない。本件では、2013年12月26日に出願された際には10項であったが、その余の請求項は、2014年1月21日になされた自発補正により追加されたものである。このことから、実用新案出願について自発補正時に請求項を追加することは、出願追加料の発生を回避するために特許実務において常用されている手法であることが伺える。
本件記載の中国最高裁の判決(中国語)は以下のサイトから入手可能です。
- 本欄の担当
- 弁理士法人ITOH
所長・弁理士 伊東 忠重
副所長・弁理士 吉田 千秋
担当:Beijing IPCHA
中国弁理士 張 小珣
翻訳:中国チーム 弁理士 畠山 敏光