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「すしざんまい」事件 控訴審判決について ~知財高裁 令和6年10月30日 令和6年(ネ)第10031号~
東京地裁では、本件ウェブページ掲載行為による商標権侵害を認め、被告各表示の差止、削除及び損害の一部を認容しましたが、知財高裁では、原判決における控訴人(1審被告)敗訴部分を取り消し、被控訴人(1審原告)の請求をいずれも棄却しました。
インターネット上の商標の使用は、簡単に国境を越えることができるため、属地主義の原則及び商標権独立の原則に基づく各国制度の枠組みでの商標権侵害事件等において、商標の使用に当たるのか、仮に商標の使用に該当する場合にいずれの国での使用に該当するのか留意する必要がございますので、本判決及び要旨から抜粋してご紹介させていただきたいと存じます。
インターネットのウェブページにおいて被告各表示を掲載した行為について、商標権侵害又は不競法2条1項1号若しくは2号の不正競争行為に当たるとして差止め及び損害賠償を求めた事案において、控訴人(1審被告)のウェブページは商標法2条3項8号の「商品若しくは役務に関する広告」に該当しないから、被告が原告各商標を使用したということはできず、日本国内における商標としての使用に当たるものでもなく、不競法2条1項1号及び2号にいう商品等表示としての使用にも該当しないとして、被控訴人(1審原告)の請求をいずれも棄却した事例 |
1. 判決要旨
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本件は、原告各表示を商品等表示として使用するとともに、原告各商標権を有している被控訴人が、控訴人に対し、控訴人が本件各ウェブページにおいて被告各表示を掲載した行為(本件ウェブページ掲載行為)等について、不競法2条1項1号又は2号の不正競争に該当するとともに、原告各商標権の侵害(商標法37条1号)となると主張して(選択的併合)、被告各表示の差止、削除及び損害賠償を求める事案である。 原判決は、本件ウェブページ掲載行為による商標権侵害を認め、被告各表示の差止、削除及び損害の一部を認容したところ、控訴人が控訴した。 |
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本判決は、概要、以下の理由により、原判決の控訴人敗訴部分を取り消し、被控訴人の請求をいずれも棄却した。 |
(1) 商標の「使用」(商標法2条3項8号)について 本件各ウェブページは、ウェブサイト全体の構成と記載内容によれば、控訴人を含む企業グループが東南アジアにおいて日本食を提供する飲食店チェーンを展開するとともに、そこで提供するための食材を日本から輸出する事業を営んでいることを紹介するものであると認められるから、被告各表示を付した本件各ウェブページは、原告各商標の指定役務「すしを主とする飲食物の提供」と類似する、すし店の「役務に関する広告」に当たると認めることはできない。 また、仮にすし店の役務に関する広告に該当するとしても、被告各表示は、すし店の日本国内における役務の提供について用いられているものではなく、日本国内で原告各商標権の出所表示機能が侵害されることはないから、実質的にみても、原告各商標権を侵害するものではない。 |
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(2) 商品等表示の「使用」(不競法2条1項1号、2号)について 本件各ウェブページにおいて、被告各表示は、日本からの食材の輸出という控訴人の事業に関連する情報の一つを示すために使用されていると認められるから、他人の商品等表示と同一又は類似の商品等表示を使用し、出所表示機能、自他商品識別機能等を果たす態様で使用されていると評価することはできない。 また、仮に、被告各表示が、すし店の提供する役務を表示するために使用されていると考えたとしても、当該役務は日本国内の役務ではなく、国外で提供される役務であるから、日本国内において、出所表示機能、自他商品識別機能等を果たす態様で使用されていると評価することはできない。 そうすると、本件ウェブページ掲載行為は、被告各表示を商品等表示として「使用」するものに当たらない。 |
(裁判所サイト 控訴審判決「要旨」より抜粋)
2. 事案の概要
被控訴人(1審原告)は、日本において、すし店経営、水産物の仕入全般、食材の開発・製造、新商品の開発等の事業を行う株式会社であり、「すしざんまい」という名称の飲食店を全国的に展開している。被控訴人は、原告各商標権を有し、原告各表示を使用している。
控訴人(1審被告)は、魚介類及び水産加工品の輸出入並びに販売、一般食堂の経営及び経営指導等の事業を行う株式会社である。被告は、その完全親会社であるダイショーシンガポール(Daisho(Singapore) PTE LTD)の他、ダイショーマレーシア(DAISHO FOOD(M)SDN.BHD.)、スーパースシ(SUPER SUSHI SDN.BHD.)及びダイショータイランド(Daisho Thailand Co.Ltd)とダイショーグループを構成しており、日本での食材の仕入れ及び東南アジアのダイショーグループ各社への輸出を行っている。スーパースシは、マレーシアにおいて、「Sushi Zanmai」という名称の飲食店(以下「本件すし店」という)を展開している。控訴人は、本件各ウェブページに被告各表示を掲載している。
3.判決要旨2 (1)「商標の使用(商標法2条3項8号)について」の詳細
① 「本件すし店の役務に関する広告を内容とする情報を電磁的方法により提供する行為」に該当するか
被告各表示は、日本語で記載された本件各ウェブページに掲載されている。
被告各表示を付した部分は、上記「事業内容」のページにおいては、ページの最後に被告各表示と簡潔な説明文及び英文ウェブサイトへのリンクがあるにとどまり、ページ全体に占める割合は少なく、具体的なメニューの内容、価格、店舗の所在場所といった、一般消費者に向けて本件すし店の役務の内容を知らせる内容は乏しい。そして、同ページの記載内容からも、本件すし店が東南アジアに所在することは比較的容易に読み取ることができる。
全体からみると、本件各ウェブページは日本からの食材の輸出という役務の広告というべきであって、被告各表示を用いた部分は、ダイショーグループが展開する他の飲食店チェーンの紹介と併せて、国内の事業者に対し、ダイショーグループを通じて輸出した場合の食材の使用先や使用状況を明らかにし、これにより被告との間で食材の輸出取引を行うための誘因とする目的で使用されているというべきである。
このような使用態様については、本件すし店の役務に係る出所表示機能、自他商品識別機能等を果たす態様で使用されていると評価することはできない。
被告各表示は、その態様に照らし、食材の海外輸出を検討する国内事業者に向けた本件各ウェブページの中で、被告の事業を紹介するために使用されているにすぎず、本件すし店を日本国内の需要者に対し広告する目的で使用されたものではなく、現にそのような効果が生じている証拠もない。
したがって、「本件すし店の役務に関する広告を内容とする情報を電磁的方法により提供する行為」(商標法2条3項8号)に該当しない。
② 被告各表示と原告各商標権の侵害について
仮に、原告が主張するとおり、被告各表示の使用が本件すし店の存在を日本国内に広く知らしめるという点において「広告」に該当し、商標的使用に該当すると考えた場合でも、以下のとおり、被告各表示は、日本国内における役務の提供について使用されているものではないから、原告各商標権を侵害するものではない。
本件すし店は、日本国外(シンガポール、マレーシア)で飲食物の提供等の役務を提供していることが認められ、シンガポールやマレーシアで商標登録されている被告各表示(商標権者はスーパースシである。)は、現地でその役務を提供するに当たり、使用されている標章である。本件すし店が、日本国内で同様の役務を提供している事実は認められない。
そうすると、被告各表示は、本件すし店の日本国内における役務の提供について用いられているものではない。被告各表示を見た日本国内の消費者が被告各表示により役務の提供の出所を誤認したとしても、本件すし店が日本で役務を提供していない以上、その誤認の結果(原告の店であると誤認して、本件すし店から指定役務の提供を受けること)は、常に日本の商標権の効力の及ばない国外で発生することになるはずであり、日本国内で原告各商標権の出所表示機能が侵害されることはない。
③ 商標権独立の原則及び属地主義の原則
一国において登録された商標は、他の国において登録された商標から独立したものとされており(パリ条約6条1項及び3項)、かつ、いわゆる属地主義の原則により、商標権の効力は、その登録された国内に限られるものと解される。外国において適法に登録された商標である被告各表示が当該外国における指定役務の提供を表示するため本件各ウェブページ上で使用された場合において、原告各商標権に基づき被告各表示の使用差止等を認めることは、実質的にみて、原告各商標の国内における出所表示機能等が侵害されていないにもかかわらず、外国商標の当該外国における指定役務表示のための適法な使用を日本の商標権により制限することと同様の結果になるから、商標権独立の原則及び属地主義の原則の観点からみても相当ではないというべきである。
④ 共同勧告(2001年にジュネーブで開催された工業所有権保護のためのパリ同盟総会及び世界知的所有権機関(WIPO)一般総会において採択された「インターネット上の商標及びその他の標識に係る工業所有権の保護に関する共同勧告」
上記のとおり解することは、共同勧告において、インターネット上の標識の使用は、メンバー国で商業的効果を有する場合に限り、当該メンバー国における使用を構成するとされていること(共同勧告2条)とも整合するものである。
すなわち、共同勧告3条⑴項で掲げられている商業的効果を決定するための要因についてみると、
- 本件すし店が日本で役務を提供しておらず、提供する計画に着手した旨を示す状況はないこと(同項(a))、
- 本件各ウェブページには本件すし店の日本通貨による価格表示はされておらず(同項 (c)(ii))、
- 日本国内における連絡方法も掲載されていないこと(同項(d)(ii))等が認められることに加え、
- 本件各ウェブページ自体は日本からの食材の輸出という役務の広告を目的とするものであり、被告各表示は、輸出された食材を国外で使用する飲食店チェーンを紹介するという文脈で使用されていること等の事情が認められる。
⑤これら全ての事情を総合的に考慮すると、本件各ウェブページが
- 日本語で作成されており(同項(d)(iv))、
- 日本国内の顧客に対し本件すし店の役務を提供する意図がないことが明示的に表示されているわけではない(同項(b)(ii))ことを踏まえても、
本件各ウェブページにおける被告各表示の使用は、日本国内における商業的効果を有するということはできないから、日本国内における商標としての使用に当たるものではないというべきである。
4. 弊所コメント
被告表示のウェブページにおける使用言語が日本語であり、日本において「飲食物の提供」を行う意図がないことの明示的表示はなかったものの、具体的なメニューの内容、価格、店舗の所在場所といった、日本の一般消費者に向けて、本件すし店の役務の内容を知らせる内容は乏しく、日本からの食材の輸出という国内事業者に向けた役務の広告としての使用であるとして、商標権侵害は認められませんでした。
そして、控訴人(1審被告)側の使用は、シンガポール及びマレーシアで商標登録した商標のインターネット上の使用であることから、商標権独立の原則、属地主義の原則について判断され、さらに共同勧告での商業的効果を決定するための複数の要因が検討されており、それらの検討項目は、いずれの国における商標の使用に該当する可能性があるのか参考になるものと存じます。
裁判所サイトより引用・抜粋
控訴審判決(要旨・全文) https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=6255
原判決(全文) https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/924/092924_hanrei.pdf
- 本欄の担当
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弁理士法人ITOH
所長・弁理士 伊東 忠重
担当:商標部部長・弁理士 小林 恵美子