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特徴間の協働関係の動機付けへの影響に関する中国最高裁判決 (2021)最高法知行終1226号
1.概要
本判決において、中国最高人民法院(以下「中国最高裁」と称する)は、「進歩性の判断において、本発明の最も近い先行技術(以下「主引例」と称する)との相違点である技術的特徴(以下「相違点特徴」と称する)と本発明の他の技術的特徴(以下「関連特徴」と称する)とが協働関係にあり、相違点特徴により生み出された技術的効果及びそれが解決する技術的課題が関連特徴の技術的効果を前提としており、且つ主引例の対応する技術的特徴(以下「引例特徴」と称する)が発明の目的及び発明概念に基づいて同一の技術的効果を生み出すことができない場合、当業者は一般的に従来技術を改良する動機を持たず、本発明は当業者にとって自明ではない。」と判示しました(判決日2023年12月11日)。
2.本件の経緯
鎮江市の某会社は、実用新案出願番号を201520594810.4、名称を「放熱基板及び密封型PTCサーミスタヒータ」とする実用新案の実用新案権者である。
2020年1月3日に、郭某は、本件実用新案権について無効審判を請求した。
2020年7月9日に、国家知識産権局は、第45387号無効審判請求審決を下し、進歩性があるとして本実用新案権の有効性を維持した。
郭某は、これを不服として被訴審決を取り消し、改めて審決を下すべき旨を国家知識産権局に命じるよう求めて第一審裁判所に対し訴えを提起した。
第一審裁判所は、当業者が証拠1に基づいて本件実用新案の請求項1を容易に想到できると判断し、国家知識産権局の無効審判請求審決第45387号を取り消す旨の判决を下した。
鎮江市の某会社が上訴したところ、中国最高裁は、以下の旨の(2021)最高法知行終1226号の行政判决を下した。
1.第一審裁判所の行政判决を取り消す。
2.郭某の訴訟請求を棄却した。
審査の基礎とされたクレームの請求項1は、以下の通りである。(符号、下線は作成者が付与した)
【請求項1】
PTC加熱部品(2)を収容するための放熱基板(1)であって、キャビティ(11)を含み、前記キャビティ(11)は、前記キャビティの長さ方向に沿って延在する中空の収容キャビティ(12)を有し、前記キャビティの上部及び下部の外面の中央には、複数の放熱フィン(13)が固定されており、各前記放熱フィンの前記キャビティの幅方向に沿う長さは、前記キャビティの幅よりも小さく、
前記収容キャビティ内の前記キャビティの左側の内壁の上部及び下部には、前記キャビティの長さ方向に沿って延在する第1の位置決めリブ(14)がそれぞれ設けられており、それに対応して、前記収容キャビティ内のキャビティの右側の内壁の上部及び下部には、前記キャビティの長さ方向に沿って延在する第2の位置決めリブ(15)がそれぞれ設けられており、2つの前記第1の位置決めリブ(14)間の前記収容キャビティ(12)の左側の内面(16)は、外側に凸の円弧面であり、2つの前記第2の位置決めリブ(15)間の前記収容キャビティ(12)の右側の内面(17)も外側に凸の円弧面であり、前記収容キャビティ(12)の左側及び右側の外壁は、何れも前記キャビティ(11)の長さ方向に沿って延在する溝状構造(18)であり、
2つの前記第1の位置決めリブ(14)間の間隔及び2つの前記第2の位置決めリブ(15)間の間隔は、何れも前記PTC加熱部品(2)の厚さよりも小さく、上部に位置する前記第1の位置決めリブ(14)と前記第2の位置決めリブ(15)と間の間隔、及び下部に位置する前記第1の位置決めリブ(14)と前記第2の位置決めリブ(15)との間の間隔は、何れも前記キャビティの幅方向に沿う前記放熱フィン(13)の長さよりも小さい、放熱基板(1)。

本願明細書の図1

本願明細書の図2
3.中国最高裁の判断
「本件実用新案の請求項1が進歩性を有するか否か」とする争点について、中国最高裁の裁判では、次のように判示されている。
本件実用新案の請求項1と証拠1との相違点(即ち、相違点特徴)は、「前記収容キャビティ(12)の左側及び右側の外壁は、何れも前記キャビティ(11)の長さ方向に沿って延在する溝状構造(18)であり」という点である。
本願明細書(CN204859578U)の記載(段落〔0003〕、〔0006〕)によると、位置決めリブ間の収容キャビティの両側の内面(16、17)は、外側に凸の円弧面となっている。キャビティが押圧されると、キャビティ(11)の側壁は力が加わって外側に変形し、溝状の構造により変形空間が確保される。
本件実用新案に係る溝状構造による技術的効果は、上記の外側に凸の円弧面(16、17)(即ち、関連特徴)によって生じるキャビティ(11)の側壁の外向き変形のための空間(即ち、関連特徴の技術的効果)と密接に関係していることが分かる。
これを踏まえると、証拠1に対して本件実用新案の請求項1が実際に解決する技術的課題は、「キャビティを押圧する際に外向きの変形空間を設ける」ことである。(即ち、本判決主旨の「相違点特徴により生み出された技術的効果及びそれが解決する技術的課題は、関連特徴の技術的効果を前提とする」)
一方、証拠1(CN204180289U)の明細書(段落〔0002〕)によると、証拠1が解決しようとする技術的な問題は、「アルミニウム管内のPTC加熱芯の全体的な位置空間が大きすぎる。アルミニウム管を押圧した際に、PTC加熱芯が幅方向の中央位置にないため、アルミニウム管を押圧した際にアルミニウム管に幅方向に不均一な力が加わる」ことである。
証拠1は、PTC加熱芯をアルミニウム管(10)内に配置する際にPTC加熱芯(20)を幅方向の中央に配置するために、「アルミニウム管(10)の幅方向にわたるPTC加熱芯(20)の移動スペースを制限する位置決めストリップ(12)を側壁に設けている」(即ち、引例特徴)。証拠1の側壁がプレス時に全体的に外側に膨らむと、位置決めストリップ(12)が必然的に外側に移動し、位置決めストリップ(12)とPTC加熱芯(20)との距離が増大し、アルミニウム管(10)内におけるPTC加熱芯(20)の移動スペースも増大し、アルミニウム管(10)の幅方向の中央に配置することが困難となり、証拠1の発明の目的に反する。さらに、証拠1のアルミニウム管(10)の外面が内側に凹んだ円弧構造であるため、証拠1の位置決めストリップ(12)間のキャビティ(11)の内面も外側に凸の円弧面であるが、力を受けた場合にキャビティ(11)の側壁が外側に変形するという技術的効果は生じず、従って、側壁が外側に変形した場合にそれを収容する必要があるという問題は生じない。(即ち、本判決主旨の「引例特徴が発明の目的及び発明概念に基づいて同一の技術的効果を生み出すことができない」)

証拠1の図3
従って、証拠1によると、当業者は、外側に変形した後に収容空間を設けるために、両側の外壁に溝状の構造を設けることによって改良する動機を持っていない。先行技術には、本件実用新案の請求項1の溝状構造について開示されておらず、技術的示唆も提供されておらず、また、溝状構造をキャビティの外壁に設けることが当業者が容易に思いつく技術的手段であるという証拠も存在しない。以上のことから、先行技術は、証拠1に特徴を適用してその技術的問題を解決することを示唆していない。
4.本件の留意点
進歩性違反に対して反論する際に、主引例との相違点(即ち、本発明の「溝状構造(18)」)と、該相違点に関連する関連特徴(即ち、本発明の「外側に凸の円弧面(16、17)」)とが協働関係にあり、且つ本発明の作用効果(課題)(即ち、本発明の「キャビティ(11)の外向きの変形空間の確保」)が該関連特徴の作用効果を前提とするものであり、且つ引例特徴(即ち、証拠1の「位置決めストリップ(12)」)が本発明の作用効果を奏し得ない場合、当業者の動機付けの困難性又は引用文献の阻害要因を主張することは、有効策の1つであると思います。
本件記載の中国最高裁の判決(中国語)は以下のサイトから入手可能です。
- 本欄の担当
- 弁理士法人ITOH
所長・弁理士 伊東 忠重
副所長・弁理士 吉田 千秋
担当:Beijing IPCHA
中国弁理士 張 小珣