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日本の判決速報・概要

平成10年(行ケ)第298号 審決取消請求事件

平成12年2月29日、東京高等裁判所

本判決は、当事務所が扱った事件に対する判決(「訂正請求に係る事項が願書に添付した明細書又は図面に記載されているとみることができるか否かは、訂正請求に係る事項と願書に添付した明細書又は図面に記載された事項との技術的事項としての対比によって決められるべき事柄であることは、明らかであるから、この判断に当たっては、単に、訂正請求に係る事項を示す語句と明細書の語句とを比較するだけではなく、訂正請求に係る事項、並びに、願書に添付した明細書又は図面に記載された技術的事項についても検討を加えた上で、訂正によって、願書に添付した明細書又は図面に記載されているとはみることができない技術的事項が付加されることになるか否かを、検討すべきである。」)である。この判決を契機に、平成15年12月に審査基準が改訂された。

1.手続の経緯

 原告は、考案の名称を「バッテリによる給電回路」とする実用新案登録第2514540号(平成4年1月30日出願。平成8年8月2日登録。以下「本件登録実用新案」といい、本件登録実用新案に係る考案そのものを「本件考案」という。)の実用新案権者である。
 本件登録実用新案についてAが実用新案登録異議の申立てをし、特許庁は、この申立てを平成9年異議第71896号事件として審理した。原告は、この審理の過程で、平成9年10月31日に実用新案登録請求の範囲の記載の訂正を請求した(以下「本件訂正」という。)。特許庁は、上記事件について、平成10年7月24日に、本件訂正は認められないとした上で、「実用新案登録第2514540号の実用新案登録を取り消す。」との決定をし、同年8月24日にその謄本を原告に送達した。
 なお、実用新案権者は、上記異議決定を踏まえて、別途、訂正審判を請求したが、独立特許要件違反で、訂正が認められなかった。この審決に対して、不服を申し立てていない。

2.異議決定の理由の要点

  「記録及び/又は再生装置」には、「ディスク記録及び/又は再生装置」に限らず、テープ記録及び/又は再生装置等も含まれる。また、登録査定時の明細書には「記録及び/又は再生装置」の一例として、「CD-ROM再生装置」が記載されているが、「CD-ROM再生装置」は記録機能を有しないから、「ディスク記録及び/又は再生装置」は「CD-ROM再生装置」の上位概念ではない。さらに、「CD-ROM再生装置」の上位概念としてはディスク再生装置に限らず、光ディスク再生装置等の上位概念が存在し、登録査定時の明細書の「記録及び/又は再生装置」及び「CD-ROM再生装置」のいずれの記載からも、訂正後の「ディスク記録及び/又は再生装置」を直接的かつ一義的に導き出すことはできないので、本件訂正請求は、認められない。

3.実用新案登録請求の範囲の記載

(1)登録時の実用新案登録請求の範囲
 「記録及び/又は再生装置が作動状態のときに動作する第1の回路と、該記録及び/又は再生装置が待機状態のときと上記作動状態のいずれの場合も動作する第2の回路とに夫々電源電圧を供給するバッテリと、
 該バッテリからの電源電圧を供給又は遮断する電源スイッチと、
 該電源スイッチのオンにより該バッテリからの電源電圧が前記第2の回路と共に印加されるスイッチ回路と、
 前記記録及び/又は再生装置が作動指令を受けたときのみ該スイッチ回路を通して該バッテリからの電源電圧を前記第1の回路に印加するように該スイッチ回路をスイッチング制御する制御回路とよりなることを特徴とするバッテリによる給電回路。」

(2)本件訂正請求に係る実用新案登録請求の範囲(下線部が訂正請求に係る個所である。これにより特定される考案を、以下「訂正考案」という。)
 「少なくともディスクのモータ駆動回路及びモータ駆動回路を制御するサーボ回路を有し、かつ、ディスク記録及び/又は再生装置が作動状態のときに動作する第1の回路と、該ディスク記録及び/又は再生装置が待機状態のときと上記作動状態のいずれの場合も動作する第2の回路とに夫々電源電圧を供給するバッテリと、 該バッテリからの電源電圧を供給又は遮断する電源スイッチと、
 該電源スイッチのオンにより該バッテリからの電源電圧が前記第2の回路と共に印加されるスイッチ回路と、
 前記ディスク記録及び/又は再生装置が作動指令を受けたときのみ該スイッチ回路を通して該バッテリからの電源電圧を前記第1の回路に印加するように該スイッチ回路をスイッチング制御する制御回路と、
 該制御回路に対する該作動指令を入力するキー入力回路とを有し、
 前記第1の回路及び前記第2の回路によりディスク記録及び/又は再生が行われ、かつ、前記制御回路の制御によりディスク記録及び/又は再生が制御されること
を特徴とするディスク記録及び/又は再生装置のバッテリによる給電回路。」

4.裁判所の判断

 本件訂正の中で、決定が採り上げて検討の対象としたのは、本件考案の実用新案登録請求の範囲の「記録及び/又は再生装置」との記載を、実用新案登録請求の範囲の減縮を目的として、「ディスク記録及び/又は再生装置」とするものである。

 本件登録実用新案は、平成4年1月30日に出願され、平成6年法律第116号の附則9条1項により出願公告を経ることなく登録されたものである。本件登録実用新案については、同附則9条2項により、平成6年法律第116号による改正後の特許法第5章の規定(いわゆる付与後異議申立ての規定)が適用されるから、同改正後の特許法120条の4第3項によって準用される同法126条2項により、本件登録実用新案の明細書又は図面の訂正は、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならない。
 同項は、願書に添付した明細書にも図面にも記載されていない事項を、訂正によって、追加することを禁止するものである(いわゆる新規事項の追加の禁止)。ある訂正が許されるか否かは、訂正請求に係る事項が願書に添付した明細書又は図面に記載されているとみることができるか否かに懸かることになる。そして、訂正請求に係る事項が願書に添付した明細書又は図面に記載されているとみることができるか否かは、訂正請求に係る事項と願書に添付した明細書又は図面に記載された事項との技術的事項としての対比によって決められるべき事柄であることは、明らかであるから、この判断に当たっては、単に、訂正請求に係る事項を示す語句と明細書の語句とを比較するだけではなく、訂正請求に係る事項、並びに、願書に添付した明細書又は図面に記載された技術的事項についても検討を加えた上で、訂正によって、願書に添付した明細書又は図面に記載されているとはみることができない技術的事項が付加されることになるか否かを、検討すべきである。
 決定は、本件訂正につき、「「記録及び/又は再生装置」には、「ディスク記録及び/又は再生装置」に限らず、テープ記録及び/又は再生装置等も含まれる。また、登録査定時の明細書には「記録及び/又は再生装置」の一例として、「CD-ROM再生装置」が記載されているが、「CD-ROM再生装置」は記録機能を有しないから、「ディスク記録及び/又は再生装置」は「CD-ROM再生装置」の上位概念ではない。さらに、「CD-ROM再生装置」の上位概念としてはディスク再生装置に限らず、光ディスク再生装置等の上位概念が存在し、登録査定時の明細書の「記録及び/又は再生装置」及び「CD-ROM再生装置」のいずれの記載からも、訂正後の「ディスク記録及び/又は再生装置」を直接的かつ一義的に導き出すことはできない。」(決定書2頁15行~3頁10行)との理由により、本件訂正は認められない、とした。
 しかしながら、まず、本件登録実用新案の願書に添付した明細書の「記録及び/又は再生装置」には、「ディスク記録及び/又は再生装置」が、「テープ記録及び/又は再生装置」等とともに、概念上含まれることは明らかである。加えて、前記認定によれば、本件考案は、「記録及び/又は再生装置」が作動指令を受けたときのみに、スイッチ回路を通してバッテリからの電源電圧を第1の回路に印加するようにスイッチ回路をスイッチング制御する制御回路を設けることにより、再生等を行う前の待機時において、バッテリの電力消費を低減し、バッテリの寿命を長くすることを目的とする考案であり、その技術的事項の内容は、「記録及び/又は再生装置」が「ディスク記録及び/又は再生装置」であっても、「テープ記録及び/又は再生装置」であっても、それら相互の相違に無関係に、また、どのような「ディスク記録及び/又は再生装置」であっても、どのような「ディスク記録及び/又は再生装置」等であっても、適用が可能な汎用性のあるものであることが極めて明らかである。このような本件考案の技術的事項の内容に照らすと、上記訂正によって、実用新案登録請求の範囲を「記録及び/又は再生装置」から「ディスク記録及び/又は再生装置」と減縮する変更をしても、願書に添付した明細書にも図面にも記載されていない技術的事項を変更することになるものではないことは明白というべきであるから、同訂正は、新規な事項を付け加えることにはならないと解するのが相当である。同訂正についての決定の判断は、訂正請求に係る事項につき、単にそれを示す語句と明細書の語句とを比較しただけで、それと願書に添付した明細書又は図面に記載された技術的事項との関係の検討をしないままになされたものというべきであり、決定が、同訂正は、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内であるとはいえないとして、それを根拠に本件訂正請求を斥けたのは、誤りであって、本件訂正については、改めて、その要件の有無を判断する必要がある。

5.コメント

 本判決は、当事務所が扱った事件に対する判決である。この判決を契機に、平成15年12月に、審査基準が改訂された。

(1)明細書又は図面の補正に関する改訂前の審査基準

  1. 特許の対象に関して、過去に特許されたからと言って、それで安心せず、昨今の厳格な運用を考慮して、許法第29条第1項柱書きの拒絶理由を回避するよう、慎重に、明細書の作成を行うこと。
  2. 当業者にとって、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項のいずれか一つのものが単独で、あるいは複数のものが総合して、補正後の明細書又は図面に記載した事項を意味していることが明らかであり、かつ、それ以外の事項を意味していないことが明らかである場合には、補正後の明細書又は図面に記載した事項は「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項」であるといえる。

(2)本判決は、世界で一番厳しいとされている、日本の新規事項に関する運用の変更を迫るものであった。  (2)本判決は、世界で一番厳しいとされている、日本の新規事項に関する運用の変更を迫るものであった。 これまでは、次に示すように、このような厳しい特許庁の判断を支持する判決がなされている。例えば、

[1]東京高裁 平成11年(行ケ)336号(平成12年3月2日判決)では、次のような、「触媒添加」を削除する訂正を認めなかった。
 本件訂正前の本件特許の請求項2の内容(本件訂正により訂正(削除)を求める部分を[ ]で表示した。) 本件訂正前の本件特許の請求項2の内容(本件訂正により訂正(削除)を求める部分を[ ]で表示した。)
(I)(A)  水素シルセスキオキサン樹脂を溶媒で希釈し、得られる[触媒添加]希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液を電子デバイスに塗布し; 
(B)  該希釈水素シルセスキオキサン樹脂溶液を乾燥させて溶媒を蒸発することにより、該電子デバイス上に水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜を付着し; 
(C)  該被覆された電子デバイスを、150~1000℃の温度で加熱することにより、該水素シルセスキオキサン樹脂プレセラミック被膜を二酸化ケイ素にセラミック化してセラミック又はセラミック様平坦化被膜を生成することにより、電子デバイスを平坦化被膜で被覆し;
(II)  該セラミック又はセラミック様平坦化被膜に、(省略)該電子デバイス上に二層セラミック又はセラミック様被膜を得ることからなる、

基体上に二層セラミック又はセラミック様被膜を形成する方法。

[2]東京高裁 平成10(行ケ)第407号(平成12年2月29日判決)では、次のような、訂正に対して判断している。

  1. 設定登録時の明細書(以下「登録時明細書」という。)に記載された特許請求の範囲
    【請求項1】Y2O3を2mol%以上6mol%未満含み、共沈法又は加水分解法で得られる、Y2O3の分散性の良好な部分安定化ジルコニアの微粉末を成形焼結した平均焼結体粒径0.8μm以下である生体用ジルコニアインプラント材。
  2. 本件訂正請求に係る訂正明細書(以下単に「訂正明細書」という。)に記載された特許請求の範囲
    【請求項1】人工関節の回動する部分に用いられる人工関節用ジルコニアインプラント材であって、安定化剤としてY2O3のみを2mol%以上6mol%未満含み、共沈法又は加水分解法で得られる、Y2O3の分散性の良好な部分安定化ジルコニアの微粉末を成形焼結した平均結晶粒径0.8μm以下であり、生体内と同様な環境に配置した場合の700日後の正方晶から単斜晶への相転移量が40%以下であることを特徴とする人工関節用ジルコニアインプラント材。
  3. 第1次補正に係る訂正明細書に記載された特許請求の範囲
    【請求項1】人工股関節の回動する部分に用いられる人工股関節用ジルコニアインプラント材であって、安定化剤としてY2O3を2mol%以上6mol%未満含み、共沈法又は加水分解法で得られる、Y2O3の分散性の良好な部分安定化ジルコニアの微粉末を成形焼結した平均結晶粒径0.8μm以下であり、生体内と同様な環境に配置した場合の700日後の表面部の正方晶から単斜晶への変化が20%以下であることを特徴とする人工関節用ジルコニアインプラント材。
  4. 第2次補正に係る訂正明細書に記載された特許請求の範囲 
    【請求項1】人工股関節の骨頭球に用いられる人工股関節用ジルコニアインプラント材であって、安定化剤としてY2O3を2mol%以上6mol%未満含み、共沈法又は加水分解法で得られる、Y2O3の分散性の良好な部分安定化ジルコニアの微粉末を成形焼結した平均結晶粒径0.8μm以下であり、生体内と同様な環境に配置した場合の700日後の表面部の正方晶から単斜晶への変化が20%以下であることを特徴とする人工関節用ジルコニアインプラント材。
     判決は、iからiiについては、「のみ」の点で新規事項であるとし、「のみ」を削除するiii、ivについては、いずれも本件訂正請求に係る請求書の要旨を変更するとした審決を支持している。

[3]東京高裁 平成12(行ケ)第33号(平成12年11月9日判決)では、次のような、訂正に対して判断している。
(1) 本件訂正前(以下、この考案を「登録時考案」という。) 
 座部の両側にアームレストを水平使用状態より上方へ回動可能に取付けた構成であって、該アームレストは遮板が張設されているコの字形フレームからなり、該フレームの後下端部が車椅子本体に枢着されており、水平使用状態では前下端部は車椅子本体にロック可能に支持されていることを特徴とする車椅子。
(2) 本件訂正後(以下、この考案を「訂正考案」という。下線が付された部分が登録時考案との相違である。)
 座部の両側にアームレストを水平使用状態より上方へ回動可能に取付けた構成であって、該アームレストは遮板が張設されているコの字形のフレームからなり、該フレームの後下端部が車椅子本体に枢着されており、水平使用状態では前下端部は、孔と該孔に挿入する係合ボルトとによる係止手段によって、車椅子本体にロック可能に支持されていることを特徴とする車椅子。
 判決は、「挿入」は「係合」と同じ意味であるとの特許庁の主張に対して、訂正考案に含まれる係合形態のうち、固定された孔に対して係合ボルトが移動して挿入する係合形態と、ねじによる係合形態は、登録時明細書に記載された事項の範囲内ではないというべきであるとした。
(3)平成10(行ケ)第298審決取消請求事件は、「この判断に当たっては、単に、訂正請求に係る事項を示す語句と明細書の語句とを比較するだけではなく、訂正請求に係る事項、並びに、願書に添付した明細書又は図面に記載された技術的事項についても検討を加えた上で、訂正によって、願書に添付した明細書又は図面に記載されているとはみることができない技術的事項が付加されることになるか否かを、検討すべきである。」として、平成11(行ケ)第246号をより踏み込んで判断したものである。
(4)本判決を契機に改訂された審査基準は、次に示すように、当初明細書等の記載から自明な補正を認めるようになった。これにより、実体に即した補正の判断がなされるようになった。
[1] 「当初明細書等に記載した事項」の範囲を超える内容を含む補正(新規事項を含む補正)は、許されない。
[2] 「当初明細書等に記載した事項」とは、「当初明細書等に明示的に記載された事項」だけではなく、明示的な記載がなくても、「当初明細書等の記載から自明な事項」も含む。
[3] 補正された事項が、「当初明細書等の記載から自明な事項」といえるためには、当初明細書等に記載がなくても、これに接した当業者であれば、出願時の技術常識に照らして、その意味であることが明らかであって、その事項がそこに記載されているのと同然であると理解する事項でなければならない。
[4] 周知・慣用技術についても、その技術自体が周知・慣用技術であるということだけでは、これを追加する補正は許されず、補正ができるのは、当初明細書等の記載から自明な事項といえる場合、すなわち、当初明細書等に接した当業者が、その事項がそこに記載されているのと同然であると理解する場合に限られる。

本欄の担当
弁理士 湯原忠男
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