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特許無効立証の為の証拠基準に関する米国最高裁判決 (Microsoft Corp. v. i4i Ltd. Partnership事件) 2011年6月9日
カナダのソフトウェア会社、i4i社の所有する特許(US 5,787,449、以下449特許)の特許無効を立証する為の証拠基準に関して争われていたMicrosoft Corp. v. i4i Ltd. Partnership について、2011年6月9日、米国最高裁判所(Supreme Court of the United States)において判決が下されました。以下にその概要を紹介致します。
判決の概要
米国最高裁判所は、米国テキサス州東部地方地区連邦地裁、米国連邦巡回控訴裁判所(以下、CAFC)の判決を支持し、従前通り、特許無効の立証の為の証拠基準は「明白且つ確信を抱くに足りる証拠」(Clear and Convincing Evidence)であると判断し、マイクロソフト社の「上記証拠基準は、米国特許庁(以下、USPTO)が審査過程において考慮していない証拠を基に無効を立証する場合には適用されず、この場合、上記証拠基準は「証拠の優越性」(Preponderance of Evidence)で足りる」との主張を退けました。
本件の背景
i4i社は2007年3月、i4i社が所有する449特許を意図的に侵害したとしてマイクロソフト社を提訴していました。テキサス州地裁は、i4i社の特許が意図的に侵害されたと判断し、マイクロソフト社の特許侵害を認める裁定を下しました。マイクロソフト社は2009年末にCAFCに提訴しましたが、CAFCは地裁の判決を支持し、また大法廷での再審理請求についても棄却しました。
マイクロソフト社は、CAFCにて、特許侵害に対する抗弁として、i4i社が特許出願の1年以上前に、クレームに記載された技術を応用した製品(「S4」というソフトウェア)を販売していたと主張し、i4i社の所有する449特許は米国特許法102(b)の下に無効であると反論しました。
この抗弁に対して、i4i社は、「マイクロソフト社は、「S4」がi4i社の449特許のクレームに記載されている方法を実施していたことを立証する為の、「明白且つ確信を抱くに足りる証拠」(Clear and Convincing Evidence)を提示することが出来なかった」と反論し、結果的にCAFCはi4i社の主張を認め、地裁の判決を支持していました。
米国最高裁での争点
(1)マイクロソフト社が主張するように、特許無効を立証するためには、「明白且つ確信を抱くに足りる証拠」(Clear and Convincing Evidence )ではなく、「証拠の優越性」(Preponderance of Evidence)示せばよいのか?
(2)マイクロソフト社の2番目の主張のように、少なくとも、USPTOが審査過程において考慮していない証拠を基に特許無効を立証するためには、「証拠の優越性」(Preponderance of Evidence)を示せばよいのか?
米国最高裁での判決
米国最高裁は、上記CAFCの判決を支持し、従前通りに、特許の無効性の立証の為の証拠基準は「明白且つ確信を抱くに足りる証拠」(Clear and Convincing Evidence)である、と判示いたしました。米国最高裁は更に、米国特許庁(以下、USPTO)が審査過程において考慮していない証拠を基に特許無効を立証するためには「証拠の優越性」(Preponderance of Evidence)を示せばよい、とのマイクロソフト社の主張についても退けました。
最高裁は上記判決の根拠として主に下記の見解を示しました。
・米国特許法第282条の文言には証拠基準についての明示的な記載はない。しかし米国議会は、第282条の制定時にその文言にコモンローの用語を用いており、当該コモンローの意味でその用語が用いられている、と解釈すべきである。この米国特許法第282条には「成立した特許に有効性が推定される(presumed valid)」と記載されている。
1934年のRCA, 293 U. S. 1(1934)において米国最高裁は、「有効性の推定(presumption of validity)は、「明白且つ説得力のある証拠」(Clear and Cogent Evidence)によらない限り、覆ることはない」と述べている。1952年に米国議会が第282条を制定し、その中で「特許には有効性が推定される(presumed valid)」と宣言したとき、「特許の有効性」は当時のコモンローにおいて確立されたものであり、その無効を主張するためには、「明白且つ確信を抱くに足りる証拠」(Clear and Convincing Evidence)が必要であるとされていた。
・米国特許法第282条の文言で、「成立した特許に有効性が推定される」ことや「原告側に立証責任がある」ことが規定されているが、有効性が推定された特許の無効を立証する為の「証拠基準」に関して言及されていない。しかし、PTOでの審査段階で考慮されなかった公知例が存在した場合、PTOが、専門行政機関として(適切に審査を行い)、クレームに特許性があると判断した、という前提が弱まることを認めつつも、米国議会が、米国特許法第282条を制定した際に、「USPTOが審査過程において考慮していない公知例を基に無効を立証する場合には「明白且つ確信を抱くに足りる証拠」(Clear and Convincing Evidence)は適用されず、この場合、上記証拠基準は「証拠の優越性」(Preponderance of Evidence)で足りる」とのマイクロソフト側の主張する”Hybrid Standard”(合成基準)に関する明確な記載はない。
一方で、特許侵害訴訟において、特許無効性を「明白且つ確信を抱くに足りる証拠」(Clear and Convincing Evidence)の基準に基づいて判断する際に、「PTOでの審査段階で考慮されなかった公知例が存在した」事実を陪審員は考慮に入れることが許される。
・CAFCにおける、特許無効の立証の為の証拠基準は30年近く、本判決で最高裁が下したように不変であった、また米国議会はしばしば米国特許法第282条を改訂しているが、上記証拠基準を一度として下げてはいない、従って上記証拠基準の今後の調整に関しても米国議会に委ねるべきである。
- 本欄の担当
- 副所長弁理士 伊東 忠重 副所長弁理士 吉田 千秋
米国オフィスIPUSA PLLC パテントエージェント 有馬 佑輔