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米国の自明性の判断における常識の適用に関するCAFC判決
(Arendi S.A.R.L. v. Apple Inc (Federal Circuit, August 10, 2016))
2016年8月10日付で、米国連邦巡回控訴裁判所(以下、 CAFC)により、自明性の判断における常識(common sense)の適用に関する判決が出されました。
判決の要点
CAFCは、クレーム記載の発明が当業者にとって自明であるか否か判定するに際し「常識」を適切に使用することについて、以下の判断を示した。
第一に「常識」は、典型的には、従来技術文献の組み合わせへの動機付けを与えるために用いられるものであって、クレームにない限定事項を補充するものではないこと。第二に、クレームにない限定事項を従来技術から補充することについて常識が使用され得るのは、その限定事項が著しく簡単で、かつその技術が平易な場合のみであること。第三に、常識を参考にすることが合理的な分析と証拠に基づくサポートをまるごと置き換えるような使用であってはならず、特にクレームにない限定事項を扱う場合にそうであること。
以上の原則を適用して、CAFCは、 米国特許商標庁の特許審判控訴部が当該発明のクレーム1が当業者にとって自明であるとの結論を導くに当たり、「常識」を誤用したと結論づけた。
判決の内容
2013年12月、 アップルは、米国特許 7,917,843 号(以下、843特許)について当事者系レビューを請求した。843特許は、文書を表示する第一のコンピュータ・プログラムと、外部の情報源を検索する第二のコンピュータ・プログラムの協調動作により有益な効果をもたらす特許である。843特許によれば、ユーザは第一のコンピュータ・プログラムによって文書を表示している間に、第二のコンピュータ・プログラムで検索を行うことができる。その際、一のコンピュータ・プロセスが、その文書内の第一の情報を分析し、関連する第二の情報を探す別プログラムで使えるタイプの情報であるかを判定する。
具体的には、843特許に開示の機構では、まず名前とアドレスの情報の存在を特定するために文書を分析する。その後、検索に際して第二のコンピュータ・プログラムは、少なくとも第一の情報の一部を検索語として用い、情報源の中に第一の情報と関連する第二の情報を探す。第二の情報を特定すると、クレーム記載の発明は第二の情報を用いた動作を行う。たとえば、名前が検出された場合には、その名前でデータベースを検索することもできる。当該検索により関連する連絡先としてアドレスを1つだけ見つけた場合、そのアドレスが文書に挿入される。1つだけではなく、より多くの連絡先またはアドレスを見つけた場合には、検索結果が表示され、ユーザは文書に挿入するアドレスを選択することができる。
843特許のクレーム1は以下のもので、本訴訟で争われた発明の限定事項を太字で示す。
A computer-implemented method for finding data related to the contents of a document using a first computer program running on a computer, the method comprising:
displaying the document electronically using the first computer program;
while the document is being displayed, analyzing, in a computer process, first information from the document to determine if the first information is at least one of a plurality of types of information that can be searched for in order to find second information related to the first information;
retrieving the first information;
providing an input device, configured by the first computer program, that allows a user to enter a user command to initiate an operation, the operation comprising (i) performing a search using at least part of the first information as a search term in order to find the second information, of a specific type or types, associated with the search term in an information source external to the document, wherein the specific type or types of second information is dependent at least in part on the type or types of the first information, and (ii) performing an action using at least part of the second information;
(第一のコンピュータ・プログラムにより構成される入力装置によりユーザが操作を開始するためにユーザ・コマンドを入力することができ、該操作は、
(i)少なくとも該第一の情報の一部を検索語として用いて、該文書の外部にある情報源において該検索語と関連がある該第二の情報を見つけるため検索を実行し、ここで該第二の情報は、特定の一又は複数のタイプのもので、該第二の情報の特定の一又は複数のタイプは少なくとも部分的には該第一の情報の該一又は複数のタイプに依存するものであって、かつ (ii)少なくとも該第二の情報の一部を使用した動作を行うことを含み、)
in consequence of receipt by the first computer program of the user command from the input device, causing a search for the search term in the information source, using a second computer program, in order to find second information related to the search term; and
if searching finds any second information related to the search term, performing the action using at least part of the second information, wherein the action is of a type depending at least in part on the type or types of the first information.
米国特許商標庁の特許審判控訴部 (PTAB)は、843特許のクレーム1と他のいくつかのクレームは 米国特許5,859,636 号(Pandit)により自明であるとの審決を下した。Panditは文書中の異なる種類のテキストを認識し、その種類に基づく提案をする発明を教示している。Panditの実施例のひとつは、テキストの種類のひとつとして電話番号を認識するプログラムに関わっている。
Panditの明細書では、図1eについて「電話番号16が強調されている。 プルダウンメニュー名の Phone #17がハイライトされることで、好適な実行可能操作が示されている」との説明がされている。明細書ではさらに「プルダウンメニュー20上で可能なプログラムとしては、電話番号とFAX番号を書込むことができるコンピュータ・データベース、適切に構成されたコンピュータに対し強調された番号へのダイヤルを指示するプログラム、ファックス・メッセージを準備するためのテンプレートを生成して、適切に構成されたコンピュータに対しそのメッセージを強調された番号へ送信させるプログラム等がある。さらには、 電話番号とFAX番号に関わるどのようなプログラムでもプルダウンメニュー20に含めることができ、本開示の教示するところによって直接的なアクセスが可能となる。」ことを説明している。
図1fでは「アドレス帳への追加 」(Add to address book)がプルダウンメニュー20に表示されるオプションの1つとして示されている。Pandit により843特許のクレーム1が特許を受けることができないとする結論を導くにあたり、 PTAB は Pandit が開示する「アドレス帳への追加」オプションが選択されたときに、文書の中で検出された電話番号を検索すること(文書の中で検出された電話番号と重複する電話番号をアドレス帳において検索すること)は当業者にとって「常識」といえると判断した。特に、PTABは「843特許の発明の時点での常識として、Pandit 中のサブルーチンが(アドレス帳中の)重複する電話番号を検索し、重複したエントリを特定した場合、第一の情報及びそれに関連する(第二の)情報である電話番号と関連付けられた名前やアドレスなどをユーザに対し表示するであろうと推定するのは合理的と考える」と述べていた。
このPTAB の審決に対するCAFCの司法審査は、自明性を分析するに際しての「常識」の使用について3つの原則を明らかすることから始まっている。CAFCはまず「常識」は、典型的には、従来技術文献の組み合わせへの動機付けを与えるために用いられるものであって、クレームにない限定事項を補充するものではないことを挙げた。第二に、クレームにない限定事項を従来技術から補充することについて常識が使用され得るのは、その限定事項が著しく簡単で、かつその技術が平易な場合のみであることを挙げた。第三に、常識を参考にすることが(組み合わせ得る動機付けを与えるにしろ、 クレームにない限定事項を補充するにしろ)合理的な分析と証拠に基づくサポートをまるごと置き換えるような使用であってはならず、特にクレームにない限定事項を扱う場合にそうであることも指摘した。
以上の原則を適用して、CAFCは、 PTAB が当該発明のクレーム1が当業者にとって自明であるとの結論を導くに当たり、「常識」を誤用したと結論づけた。特に、Pandit がテキスト依存の単語の認識のみに関わり、検索に関わるものではなく、検索については「アドレス帳への追加」機能においてなんら言及・示唆していないことを挙げた。また、アップルについても、データベースの検索についての一般的な背景知識を外挿して Pandit 引例に電話番号による検索を加えることがなぜ適切であるかを明らかにしていないとした。すなわち、 CAFCは、同じ電話番号をもつエントリを最初に検索するという操作が、なぜ「アドレス帳への追加」機能の常識といえるか、アップルは明らかにしていないと結論づけた。
以上
- 本欄の担当
- 副所長 弁理士 吉田 千秋
米国オフィス IPUSA PLLC 米国パテントエージェント 有馬 佑輔