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米国特許適格性に関するCAFC判決
(Enfish, LLC v. Microsoft Corporation (Federal Circuit, May 12, 2016))
2016年5月12日付で、米国巡回控訴裁判所(以下、CAFC)により、コンピュータ機能の改善に係るソフトウェア関連発明は抽象概念に該当せず特許適格性があるとする判決が出されましたのでご報告申し上げます。
判決の要点
本発明のデータベースでは、ユーザーがデータ入力を適合させる必要がある構造をプログラマーが事前に構築する必要がなく、柔軟性の向上、検索時間の短縮、必要メモリの小型化等の従前のデータベースにはない利益を実現できる。
したがって、コンピュータ機能の改善に係るコンピュータ上で動作するソフトウェア関連発明である本発明はAlice判決における抽象概念に該当せず、特許適格性があるとCAFCは判示した。
判決の内容
Enfish社は自社の所有する米国特許U.S. Pat. No. 6,151,604(以下、604特許)及びU.S. Pat No. 6,163,775(以下、775特許)をMicrosoft社が侵害している、として訴えを起こしていた。Microsoft社は上記特許は米国特許法101条に基づき無効である、として抗弁した。
上記604特許及び775特許はデータベース上の様々なデータ要素がどのように相互に関係しているかを記述しているコンピュータデータベースの論理モデルに係る特許である。一般的に、論理モデルが与えられると、それに基づいて特定のデータテーブルを作成することができる。しかし、論理モデルは、それらのテーブルのビット及びバイトが物理的な記憶装置の中でどのように配置されているのかを記述していない。
標準的な関係モデルでは、モデル化された要素の夫々は異なるテーブルに含まれている。例えば、(i) “proj.doc”と呼ばれるドキュメント, (ii) “Schott Wlaschin”という人名、及び(iii) “DEXIS”という会社に関する情報を保存しているデータベースの中において、Scott Wlaschinが proj.docの作成者であり、Scott Wlaschinは DEXIS社に勤務している、と示したい場合、関係モデルは以下のように構成される:
上記従前の論理モデルとは対照的に、上記特許の論理モデルは、単一のテーブルに全てのデータ要素が含まれており、更に、テーブルの列を当該テーブルの行により定義することができる。上記特許は、このような論理モデルをデータベースの「自己参照」特性として説明している。例として、上述した関係モデルに対応する自己参照モデルは以下のように示される:
上記自己参照テーブルは、上記の従前の関係モデルによって保存されている情報と同じ情報を保持している。しかし、documents, persons, companiesは単一のテーブルに保存されている。更にここでは、ID = #4で示される行が加えられている。この行はTYPE として“field” 及びLABEL として “Employed By”が示されている。TYPE が “field”とされている行は同じテーブル内の列の特性を定義するため、特殊な行とされている。ID = #4と記載されている列にも示されるように、この行は最後から2番目(上記テーブルの右から2番目の列)の列に対応する。ID = #4の行は対応する列自身の特性、つまり、ラベルを定義する。ID = #4の行はLABEL として “Employed By”を持つので、最後から2番目の列にあるように、対応する列は“Employed By”としてラベルされていると判断できる。
上記604特許及び775特許は、自己参照テーブルの長所として、1)開示されているインデックス技術によるデータ検索の高速化、及び、2)構造化テキストではない画像等のデータ保存の効率化とデータベース構成の柔軟性の向上、があると説明している。
Enfish社はMicrosoft社のADO.Net製品は上記604特許及び775特許を侵害している、と訴えていた。ADO.Netは、ソフトウェアアプリケーションがデータベースに保存されたデータを保存、読み出し、操作するためのインターフェイスを提供している。例として、上記604特許のクレーム17を以下に示す:
A data storage and retrieval system for a computer memory, comprising:
means for configuring said memory according to a logical table, said logical table including:
a plurality of logical rows, each said logical row including an object identification number (OID) to identify each said logical row, each said logical row corresponding to a record of information;
a plurality of logical columns intersecting said plurality of logical rows to define a plurality of logical cells, each said logical column including an OID to identify each said logical column; and
means for indexing data stored in said table.
米国特許法112条第6段に基づき、地裁は、上記クレーム17に記載される“means for configuring”は以下の4つのステップのアルゴリズムに相当する、と解釈した:
1. Create, in a computer memory, a logical table(メモリ中の論理テーブルの作成) that need not be stored contiguously in the computer memory, the logical table being comprised of rows and columns, the rows corresponding to records, the columns corresponding to fields or attributes, the logical table being capable of storing different kinds of records.
2. Assign each row and column an object identification number (OID)(各行と列に対するOIDの割り振り) that, when stored as data, can act as a pointer to the associated row or column and that can be of variable length between databases.
3. For each column, store information about that column in one or more rows, rendering the table self-referential(夫々の列に対して、その列の情報を1つ以上の行に保存する), the appending, to the logical table, of new columns that are available for immediate use being possible through the creation of new column definition records.
4. In one or more cells defined by the intersection of the rows and columns, store and access data(行と列が交差する箇所として定義される1つ以上のセルにおけるデータの保存と読み取り), which can include structured data, unstructured data, or a pointer to another row.
Microsoft社は上記604特許及び775特許が特許法101条に基づき無効であると訴えた。それに対してCAFCは、上記クレームはMayo/Alice判決のステップ2Aを満たさないとして、上記604特許及び775特許は101条に基づく無効理由を含まない、と判示した。つまり、CAFCは、上記特許は特許適格性の法的例外(自然法則、自然現象、あるいは抽象概念等)には該当しない、と判示した。
上記判断において、CAFCは、上記Mayo/Alice判決のステップ2Aにおける判断は、クレームが特許不適格の概念を含むか否かのみに基づいて行うことはできない、とした。この理由として、物理的な製品や行為を含んだ通常特許適格性を有するとされるクレームでも、自然法則や自然現象を含んでいる、としている。更に、CAFCは、全体としての性質が上記例外に該当するか否かに基づいて、明細書を参酌してクレームを第一段階のふるいにかけるのがステップ2Aの判断である、との見解を示した。
CAFCは、全てのソフトウェアが本質的に抽象概念なのではないと述べ、更に、コンピュータの機能の具体的な改善にクレームの焦点が当てられているのか、或いは、コンピュータは単なるツールにすぎず抽象概念に相当するプロセスに焦点が当てられているのか、をステップ2Aにおいて判断すべきである、と判示した。
CAFC判決では、本件のクレームは単に表にしたデータの保存に係るものではなく、コンピュータデータベースの自己参照テーブル(上記アルゴリズムのステップ3)に係るものである、との見解を示した。CAFCは、明細書において自己参照テーブルが従前のデータベース構造とは異なる方法で機能することが開示されていることに言及した。例として、明細書の開示によれば、従前のデータベースでは、プログラマーが構造を予め定義しておく必要があり、データの書き込みはその構造に準じていなくてはならないが、本発明のデータベースでは、ユーザーがデータ入力を適合させる必要がある構造をプログラマーが事前に構築する必要がない。最後に、柔軟性の向上、検索時間の短縮、必要メモリの小型化等の従前のデータベースにはない利益を実現できる、との明細書の記載にもCAFCは言及した。
これらの理由により、CAFCは、上記604特許及び775特許がAlice判決における抽象概念には該当しない、と判示した。CAFCは、本件のクレームはコンピュータの動作の仕方の具体的な改善に係るものであり、これが自己参照テーブルとして実現されている、と結論付けた。
Microsoft社は、「列を定義するインデックスや情報を保存するために1つ以上の行が使用され、列や行を有する論理テーブルにてデータを管理する概念」に関するものとして本件のクレームを解釈すべきである、と主張した。CAFCは、そのような過度に抽象化され且つクレームの文言から離れた解釈を行えば、全ての事案が特許適格性の例外となってしまう、として上記抗弁を退けた。CAFCは、すべての発明は、一度公知になってしまえばその実施が自明であるような自然法則にまで辿ることができるため、過度にクレームを一般化すれば、全てのクレームが特許不適格になる、との見解を示した。
また、CAFCは、発明が汎用コンピュータ上で機能するのであるからクレームは抽象概念である、との主張に関しても退けた。更にCAFCは、本件のクレームはコンピュータの機能の改善に係るものであり、一方、他の判例で特許不適格とされたクレームは、i)汎用コンピュータ上での抽象的数式の使用、ⅱ)単なる従前のコンピュータによる数式の実現、或いはⅲ)従来のコンピュータの機能を利用してコンピュータにより実行される一般化された方法、を記載したものであった、と述べた。
最後に、CAFCは、従前の技術への改善が物理的な構成要素によって定義されていないため本発明は抽象概念である、との主張についても退けた。CAFCは、そのような解釈をおこなうことにより、ソフトウェア特許のカテゴリ自体が特許不適格になる危険性があり、コンピュータ技術における改善は、その発明の性質上、物理的特徴で定義されない改善から成り、むしろ論理構造やプロセスによって定義されている、との見解を示した。
上記を鑑み、CAFCは、クレームに記載されている自己参照テーブルは、コンピュータが記憶装置にデータを保存或いは読み込みする際の方法を改善するようデザインされたデータ構造の特定の形式である、との見解を示した。言い換えれば、CAFCは、汎用コンピュータの構成要素が基本的な経済活動や数式に追加されたような状況に直面しているのではなく、本件クレームはソフトウェア技術の問題に対する解決法の具体的な実現に係るものである、との見解を示した。
上記の理由から、CAFCは上記特許のクレームの特許適格性を認めると判示した。
以上
- 本欄の担当
- 副所長 弁理士 吉田 千秋
米国オフィス IPUSA PLLC 米国パテントエージェント 有馬 佑輔